社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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《1984年2月26日のノート》

 
宮島新三郎は「薮の中」評の中で「色慾にあらざれば貞操、それはオール・オア・ナッシングの境だ」と言った。概念とはきっとそういうものなのだ。「痴人の愛」のナオミも「カインの末裔」を読んでいたのだし、「狭き門」のアリサも「物問いたげな表情」をしていたのだ。ナオミの色慾と、アリサの貞操とは、身を寄せ合って隣あっている。それを引き裂くように「オール・オア・ナッシングの境」が引かれるのだ。しかしそれは、「形而を越えし女性」(ボードレール)に対する冒涜なのだ。
それなのに、どうして僕はナオミよりもアリサの方に魅かてしまうのか。女性をこよなく愛したボードレールの、信用おけない正直な優しさが、むしろナオミの肩を持つからなのか。
(1984/2/26)

 

《1984年2月8日のノート》

 
(だがアリサはいない……。)

三界六道
 三界-欲界、色界、無色界
 六道-地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上

自分の心の他には三界は無い。三界の現象は全て衆生の心のあらわれである。

「三界一心と知った上は、何よりもまず笑うことを学べ。笑うことを学ぶためには、まず増長慢を捨てねばならぬ」
(芥川竜之介「俊寛」)

捨てず、学ばず、それでいて僕はこのごろ笑いすぎている。だから酒乱になる。そう考えると笑えない。すると笑っている奴のほうが偉く見える。だが、ということは…、そうなると……。
喧噪の底でだらだらと時間は流れていく。
(1984/2/8)

 

《1984年2月2日のノート》

 
「美徳と愛とが解け合っているような魂があったとしたら、それはどんなに幸福なことだろう! 悲しいかな、美徳というものはただ愛に対する抵抗だとしか思われなくなる……」
「アリサ! 君は、なぜ自分で自分の翼をもぎ取ろうとするのだ?」
「主よ、あなたが示したもうその道は狭いのです。二人ならんでは通れないほど狭いのです」
「さようなら、愛するお友達。これからあの《勝りたるもの》が始まりますの」
(ジイド「狭き門」)

感動している。なぜだか、ひどく。
「アリサ…」と呟いてみる。
ジュリエット、君は何故身を引いたのか。

トーマス・マン曰く、「ジッドは正しいと信じたことを宣言した。彼は純粋なモラリストであった。彼は精神の好奇心の極点を持ち続けていった。彼の好奇心は懐疑主義となり、この懐疑主義は創造力と変わってくる……、不安、創造的な懐疑、無限の真理探求、……」
懐疑が創造を生むのなら……、今はどうでもいい。
「アリサ…」と呟いてみる。
(1984/2/2)

 

《1983年8月7日のノート》

 
暖炉の火、ウィスキーのグラス。
「去年マリエンバードで」 の、あの棒消しゲームの必勝法を発見する。だが、その形而上学的な矛盾。

矛盾を解消しようとやっきになるわけでもなく、矛盾を容認するのでもなく
自然に抗するのではなく、自然に従うでもなく
自然というもの、の、矛盾というもの、を、ただ、見つめている。

何かひとつ見えるようになると、何かがひとつ見えなくなる。いろいろな人がいて、それでいいと、何故思えないのか。

 〈テニスやらない?〉
 〈コーヒー飲み行かない?〉

そんな誘いを聞き流し、僕は籐椅子に半ば寝そべって、「空想より科学へ」に目を落としている。

宗教と信仰と、そして…… 夏の予感。

二年目の、芥子の花の香。美しい少女は芸術家の婚約者。海と高原の贅沢なアンバランス。喉の渇きとビールの空缶。白いワンピースの胸元。めくるめく煙。原因不明の とめどないクスクス笑い。解放され、そして限りなく弛緩してゆく。彫刻と粘土についての形而上学。蝋燭の炎の薄明かり。肉体を離れ宇宙を彷徨うもの、それはかつて「精神」と呼ばれていたものの残党。柔らかいガラスの手。その恍惚の感触の〈思い出〉。

《夏の「思い出」についての、厳粛な冬の連想ゲーム》
僕の「思い出」を否定する敬虔な女、その名はアリサ。君には千里眼があるらしい。

求めなくてはならないのは、心の解放ではなく、その高揚です。心の解放にはいとわしい誇りの気持ちがつきまとっている。大望は反抗のためにでなく、奉仕のために使わなければなりません。
 ……アンドレ・ジイド「狭き門」の〈アリサの手紙〉。

しかし……

ジャンヌ・デュヴァル。…色と香りと和音。
「悪魔」でも「神様」でもかまわない。「少しでも世の醜悪を少なくし、時の重みを減らすなら」

「自然の美しいのは、僕の末期の眼に映るからである」、と芥川竜之介は言う。
「あらゆる芸術の極意はこの末期の眼であろう」、と川端康成は言う。
死に抗し続けた末にある、死を越えた〈価値〉、と僕は考える。

 「コンナトコキテマデ、ソンナノヨンデンノ、クライノネ」
 「ちょっと気を抜くと、明るくなっちまうからさ。」
 (自殺について考えて……)
 「これで今日一日暗く過ごせるだろう」(と笑う。)

夏があり
ひとつの夏があり
それぞれの夏があり
歪んだ夏があり

夏は時として夏ではなく
 (だからといってどうということでもなく)
僕は夏の黄昏にのみ住みたいと思い
 (だからといってどうするでもなく)

僕は時として僕ではなく
黄昏だけがここにある

いつしか僕は盲となり
誰知れず黄昏だけはどこかにある
(1983/8/7)

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