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社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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曖昧な日もある、という話

 
例えば政治家は「国益」とか言う。国家を守るためにと。ただそんな施政者たちの尤もらしい言葉を、革新的な運動家たちは信じていない。実はそれこそが問題なのだ。いったんともかく信じてみればいいのにと思うのだが、ともかく政治家は、確かに国のためという理由でもって国家の構成員たちを壊していく。どうやらそのことは事実らしい。その中で、いまだ壊されていない者たちは、だから自分たちを壊そうとする国家に対して決然と闘いを挑み、その国家を崩壊させて新たな国家を構築しようとするのである。一方、すでに壊されてしまった人間たちは、もはや国家を壊すどころか、国家に立ち向かう力すら失っている。一番問題なのは、当のその壊れた人間たちが、そのことに気が付いていないということなのである。
さて、この文脈で、沖縄の独立を考えてみるとどうなるのか…

と、ここまで書いて、ひどくつまらなくなった。なぜつまらなくなったのか、つまらなくなった理由がつまらない場合、このままつまらなくなったことを続けているとろくなことにならないので、その時はつまらないことを考えるのをやめるに限るのである。

唐突だが…
Lisaは、国家は土地だと思うの、などと言い出す。当たり前のようだが、考えるとよくわからなかったりする。もしも本当に国家が土地ならば、この土地に新たな国を構築するとはいかなることなのか。これはきっと、罠だ。なんというか、ホントは罠ではないのに、それを罠だと思い込んでみると、俄然つまらないことが面白くなったりする。だから罠なのだが、その時は「革新的な運動家」のように視野狭窄に陥って、それでなかなか落ち着いているのだ。

つまり、そういう日もある、という話。

京都を襲った大地震、平家の怨霊の所為しなければ、民は何をしでかすかわからない危険な状態だった。そもそも、地霊を鎮めるというのが仕事だった琵琶法師に、平家の怨霊をこそ鎮めて乱れた民の心を整えるという役割を与えた源氏という「時の政府」。連想ゲームの始まりである。現代に連なる農業の話。
「農業は環境破壊さ」
土地に鍬を入れることは土地を傷つけることに他ならない。
「スローライフ? 笑わせちゃあいけない」
豊作を祝う歌は豊作を願う歌なのであり、その、いわば過去と未来の逆転は、Lisaが持ちこんだ「未来へのノスタルジー」に似ていると思えばなかなか面白い。
「これ、中沢新一風に言うならば、類化性能ってやつだ、きっと」
だいたい小さな悪いことを積み重ねて国家を守ろうとするのは別化性能だけで生きているつまらない連中で、そんな彼らは類化性能の効能というものを全く理解することができない。でもさ、でっかい悪さをするのは、類化性能人間なのだよ。
連想は、さらに原始共産制とベーシックインカムへ。

でも、昨夜はそこまで話すことはなかったのだ。
しかし、罠の彼方にある小宇宙の連なりが、このボクには確かに見えていたのである。狐火のように。

さてLisaは、本当に狐なのかどうか。
彼女の「日本」は曖昧。だが、その曖昧こそが、この小宇宙へ足を踏み入れることを容易にするかもしれない。だから、ちょいと彼女を、僕自身が抱えている闇へと、しばらく巻き込んでみたくなったのである。

だからさ
そんな日もあった
という話
 

象徴でないのであるのなら…

 
ツイッターの、表にはふさわしくない言葉を消し去り、少しづつ裏へと強奪してくる。

「僕はTV版の方が好きだった、と言えない空気」
表の、昨日のブログから、この呟きを抹殺した。

今日もまた呟きたくなったのを、なんとかこらえて沈殿させ、なお残ったウワズミを、今この深夜の密室で語ろうとしている。

監督が、というのが少し憚られて、彼女が、登場する人たちを「主演男優」と称して燥いでいる。その文言と、それに添えられた画像の違和感。違和感といえば、ナレーションが僕には全くダメであった。前は気にならなかったのに、それがひどく鼻についた。

「沖縄の、男の俳優に代えて録音し直せばよかったのに…」
「わかるわかる」

そんなふうに同意もあったが、みんな大人だから、誰も公言などするはずもなく、大人になりきれぬ天邪鬼だけがこうして時間を費やしている。

同じ感覚が、あの“抵抗の唄”の場面でもやってきた。番組という枠に押し込められていた時は、怒りを共感し、涙も溢れたのだが、何故か劇場の椅子の僕は腹立たしささえ覚え、そして自分でも驚くほどすっかり醒めていったのだ。
「大和の女性」…、それも感性豊かな、と、後で括ってみた。素朴を敬愛するが、凡庸なら見向きもしないという感性に、散在する苦悩は見えないだろうと食ってかかる妄想を育ててみた。

根拠のない予感があった。根拠のない、ということは、僕の審美眼こそがきっと怪しいのである。
しかし、芸術作品を見せられたわけではあるまい。ならば、僕の予感の根っこが、「傑作」と評されだした「作品」と無関係だから、と、無視するわけもいくまいし、せめて裏でこっそり語るくらいは許されていいだろうと、僕は咎められる前に言い訳を準備した。

「主演」ばかりではなく、会場には次々と、いまが旬のゲストがやってくるというニュース。「なんと!」という小見出し。いったい彼にどんな関係があるのだろう、いったいどこまで燥げば気が済むのだろう…
まだまだ尽きぬといちいち事例を論おうかとも思ったのだが。

「言い訳」は、言い訳と言わせぬための方便。

かの土地が仮に心正しき感性豊かな自由人たちにとっての象徴なのだとして、僕にとっても同様であるなら、ふと彼女が漏らしたように、僕もまた、あの場所へ二度と足を運びはしないだろう。
しかしながら僕には象徴などではなく、そうであってはならないのだから、できることなら知った人に誰にも会わず、機会を作って一日でも二日でも、ひっそり座りに行こうと決めているのである。

他に見つめるべき場所がないならば、という条件付で。

そのうちに、数年の時を遡って、もう少しはっきりと書くつもりでいる。
 

もう過去のこと

 
楽日の次の日あたり、ある共演者から「お疲れ様でした」メールが来た。
「打ち上げに行きました。すいませんでした」とも書かれてあった。謝られる筋合いはないが、なんとも白けていた小生にどうやら気を使ってくれたらしい。

そのメールには、「もう遠い過去のことかもしれませんけど」という一文も添えられてあり、まあ確かに、最後の幕が下りた瞬間から、小生、次の舞台のことを考えていたわけだし、ほかの共演者たちが互いに抱擁しあったりしているのを尻目に、そそくさと楽屋に下りていったわけだから、皮肉めいたことを言われても仕方ない。

ただ、ふと考えてしまった。そういえば芝居が終わって、なんだか祭りの後のようなちょいと寂しくなって熱いものがこみ上げてくるなんてことも、確かに三十数年前にはあったが、プロの世界で芝居をするようになってから、そんなことは全くなくなってしまった。しかしそれは、ただ淡々と仕事をこなして、幕が下りれば過去のものとして振り返らないというのとは全く違う。

例えば演技のこと、今回の芝居ではどうだったのか、それはプロである限り綿々と続けていかなければならない内省。言ってみれば、プロにとって「演技」とは、いちいち舞台が終わって、センチな気分に浸っていられるような甘いものではなく、役者である限り、区切りなく課題であり続けるものだということ。

あるいは、むしろこのことの方が重要なのだが、例えば「沖縄」は僕がずっと抱え続けてきたこと、それは幕が下りたって何も変わりはしない。多くのプロの役者は、そういう生涯のテーマを持っていたりする人もいる。

むしろ「もう過去のこと」なのは、打ち上げで演出家と楽しげにカメラに収まろうとするあなた方のほうなのではないか。どんなへんてこな演出であったとしても、どれほど沖縄を蔑ろにしていたとしても、全てノーサイド。過去のこと。
「ちょっと沖縄のことがわかりました」
冗談じゃない。そんな簡単なもんじゃ無かろうに。でも過去だからその程度でいい。あなた方の「沖縄」は、もはや「思い出」なのである。

過去のことだから、センチな気分になったり、思わず感極まって抱き合って涙流したりできるわけ。演技も芝居のモチーフも、それが切実であればあるほど、プロにとっては感慨に耽っているヒマなんかありゃしないが、思い出作りが目的の方々に向かって、そんなこといっても詮無いこと。どうでもいい? その通りなのである。

アマチュアの共演者を批判するつもりなど毛頭ない、それははっきり申し上げておこう。そりゃそうだ。彼らにとっては一世一代の、もしかしたら最後かもしない楽しい経験(楽しくなけりゃ市民劇なんて意味はない、苦しさもこの達成感をより大きく感じるためだと、マゾヒスティックになれなければやってられない!)だったわけで、だから感動感激一杯の打ち上げ、いいじゃないか、問題なしだ。

くだらん。

実は今回、台本を書いた御大にこう言われて誘われたのだ。
「沖縄のことはさ、俺よくわかんねえから助けてくれよ。台本の言葉も、沖縄風に直してくれよ」
そう頼まれたからこそ出演を受けた小生、しかし始まって驚いた。あの「沖縄である必要はない」とあり得ないことを言い捨てた演出家と、僕がどんな腹立たしい思いで対抗したかなんてこと、もはや全ての幕が下りてしまえば、アマチュア俳優の皆さんの考えることではありません、ということ。

どこがどうあり得ない演出であったかは、また日を改めて書く、と言いつつ、ならばここいらで喋るの止めればいいのに、一度語り始めるとなかなか止まない嫌な性癖。

沖縄のこと知りたいので是非お伺いしたいのですけれど、時間がなくて、芝居が終わった後で必ず、そんな殊勝なことを仰っていた素人さんもいないではなかったけれど、あの打ち上げでの皆さんの晴れやかなお顔を拝見して、こいつら絶対に来ねえなと感じた。それはもう今や確信。
演技のことだって同じ。彼らにとって、演技なんてどうでも良かったのだ。そういうときっと怒るお方も多々いらっしゃるだろうけれど、でも間違いない、それがアマチュアってもの。

でも、アマチュアといえども、もし今後も機会があれば舞台に立って役者なんてものをやりたいというのなら、今回の半年という長い稽古で、あなた方は相当使えない役者になっちまったということを自覚しておいた方がいい。洗脳から抜けるためのリハビリはけっこう大変だと思われ…

ホントは左程には大変じゃない。目覚めれば、違う意見を受け入れることができれば。
僕の意見にも、口では「分ります」って言うのもけっこういた。でも半年間演技指導され続けると、それがどんな理不尽なものでも、受け入れざるを得なくなってしまう。そうしないと精神が持たないから。誘拐され監禁され続けると、犯人に同情し始めるのと同じこと。そんな風に自分を騙し思い込ませないと、やっていられない、生きていられないから。

たとえ僕の話を表面で聞いてウンウン頷いてみたところで、心の奥のほうでは本人も気づかずに耳を閉ざし、演出家の言葉に支配されていく。権力を持つ演出家の方を正しいと信じていないと、あの稽古場にはいられないから。これ、プロの現場ならいざ知らず、アマチュアに対しては絶対にやってはいけない演出方法。市民劇で、そんな現場を作ってはダメなのだ。

その演出家の提案で、今日、反省会なるものをやるらしい。過去を振り返って互いを称え合う会、ちょっとした辛口意見が出るにしても、それは宴会を盛り上げる薬味、座興、きっと戯言。さらに皆様が喜ぶ演出家の、あの長い演説つきなんでしょう。反省会? いったい何を反省するつもりなのか。

ともかく、気持ちよく杯を酌み交わすであろう皆様の気分を、小生の仏頂面で壊すわけにはいかないので、僕は出席を遠慮させていただくと決めた。

心入れ替えて、笑顔で次回のイベントの宣伝をしてこようかとも思ったけれど、今日僕が行って宣伝したってもう変わらないだろう。すでに案内してあるのだから、今日僕が行ってまた宣伝しようがしまいが、来る人は来ると、そう信じることにしよう。

もうほとんどの共演者にとって、「演技」のことも「沖縄」のことも、終わってしまった過去のものだから、そうした方々にとっては、僕のお誘いは迷惑千万、よく分っている。それも解らぬほど、馬鹿ではない。
 

表と裏が逆転している

 
以下は役者ブログに、少し口調を変えて、ちょいと解り易く書いてみたのだ。
もしハナから曼荼羅に加えるつもりだったら、こんな露骨は許さなかった。

表題は「川崎市民劇「大いなる家族」3回目の稽古」
(ああ、白状しちまった…)
大いなる家族はウチナーンチュの一家。
沖縄の人だからこそ辛い現実にも明るく過ごすことができる。深い悲しみを抱えながらもそれを表にだすことなく…
そんなふうに単純に考えればいいのに、そうはしたくないらしい。
帰り道、沖縄にルーツを持つ女優さんは僕を支持してくれました。
「私もやめようかなあ」
共演者にセクハラされた彼女は、ボソっとそう呟いた。原因はどっちだろうなんて突き詰めないのが沖縄流。極寒の地、ロシアのチェーホフみたいにはいかないのよ。
沖縄のことを分かってくれる人がいてよかったとあなたが言ってくれたように、僕もあなたが頼りなのです。僕が辞めないうちは辞めないでと勝手なお願い。
なんで、もっともっと、沖縄から吹いてくる風の音に耳を澄まそうとしないのだろう。

今日は、表と裏が、逆転している。
たぶん、これも曼荼羅には必要なこと。
 

僕の「階層」の生い立ち

 
「核弾頭を原発の燃料にするのはいいことじゃないか」
あまりにも薄っぺらだから、僕は語る気力を失った。

馬鹿らしい。正月だし、熱っぽいし。

「なんで原発作るのかなんて、そんなこと知らないよ、電力会社に聞けよ」

お前に語りかけてはいない。熱に魘されて独り言しただけだ。

日本には階級はないらしい。だが階層があるのだと学者は言う。確かに、階層間の移動の可能を示されても、可能性が現実の姿に変貌する光景を、殆ど目撃した事のない僕は、学者の意見は正しい、と感じている。
「ここにいる誰ひとりとして、ご立派な可能性を実現させたものなどいないではないか」
親の階層の、少し上か、少し下か…

あの頃、学生という階層の中で、誰もが友達であり得ると信じていた。いや、そうではないかもしれないと、薄々気づいていたのだが、勇気を持ってそれを言うことは、たぶん10代の少年たちには無理だった。

僕の棲家はどこなのだろうと思った。俺もこの彼らの住む階層の住人なのだろうか。居心地の良さとそれを拒否したい気持ちが同居していた。それは「誠実さ」の所為だと思い込もうとしていた。だが本当は、虚栄心か嫉妬か、あるいは何者かに対する優越感か、およそ人間として最も恥ずかしい感情の変形した表出だったのかもしれない。

僕の家の所属する「階層」は、彼等よりもずっと下であった。

僕の父も母も、大学など出ていない。

父方の祖父母は、跡継ぎのいない田舎の名家の養子であった。遠い親類からふたりを選んで養子縁組させたのである。結婚して間もなく、あっという間にその家は没落した。没落の原因は、地域の人々を救うためだったという美談で、法事などで集まると、親戚の何人もの長老から聞かされた。「本当なの」と何度か祖父に聞いてみたこともあるが、「さてどうだったか」というような曖昧な答えしか返ってこなかった。いずれにしても血の繋がっていない父親のこと、興味の沸く話題ではなかったに違いない。
無口な祖父は、リアカーを引いて行商を始め、いつしかお客さんから正直屋と呼ばれたが、祖母は「こんな筈ではなかった」と、連れ合いが死んだ後も、愚痴ることを止めなかった。
そんな夫婦の家庭に、父を大学に行かせる余裕があったのかどうか。あの祖父母だから、父が行きたいと言えば何がなんでも叶えてやったに違いない。だが、あの父だから、働く事を選んだのか。あるいは大学へ行く興味がなかったのか、その能力がなかったのか。
真面目だけが取柄の、高校卒の銀行員であった。

母方の祖父は、外国航路の大きな船のコック長だったという。英語が堪能な船乗りという祖父には、伝説めいた話がたくさんあって、ずいぶんと聞かされたが、殆ど忘れてしまった。お前はこの祖父に似ていると、そう言われるのが気恥ずかしかった覚えがある。
母が高校の時、祖父が乗っていた船が沈んだ。祖父は見つからなかった。父をこよなく愛していた母の姉は、ショックで身体を壊し、そのまま病死した。母は田舎の進学校でトップの成績だったらしいが、大学進学を諦めざるを得なかった。しばらく大きな会社の秘書課に勤めていたが、見合いで結婚をしてその仕事も辞めた。
「真面目そうな人だったから」
経済が、母が父と結婚した唯一の理由であった。

父の妹の夫は、東大出のエリート官僚だった。だが、三人目の子どもが妻の(つまり僕の叔母の)お腹の中にいる時に、若くして死んでしまった。やがて生まれたその女児は、遠い岡山に養子に出された。上の子ふたりの生活は住み込みで働く母親に代わって、僕の父が受け持った。僕は長男だが、物心ついた時には、上に姉がふたりいるようなものであった。そういう事情のあるわが家に余分な金などがあったとは思えない。だが惨めな思い出はない。この程度の貧乏は、周りにいくらでもあった。そんな時代であった。

「誰にだってある、どこにだって転がっている身の上話。階層とは何の関係もない」
その通りだと僕も信じている。これを階層というなら、僕は僕よりはるかに貧しい人々を差別することになる。しかしだからといって、この言い知れない眼前の壁を見ないではいられないのである。僕は、僕とは違う「階層」の人々と会話することの出来ない不具者なのかもしれぬ。

「階層」という言葉を捨ててみよう。とはいうものの、一度拾ってしまった概念は、僕の肌にこびり付き、肉に食い込む。逃れる事は出来ない。ただ僕は、何処かの劇作家のように、縦軸にのみ断絶があると言い切ることはすまい。地平を掘り起こさずとも、この地表を見渡せば、橋の架かっていない亀裂はいたるところにあるではないか。「階層」があろうがなかろうが、現実は変わらないと言いたいだけだ。

全く別の話をして終わりにしよう。
だがきっと、全く同じ話。

君と僕と、住む土地が違えば、出会う「沖縄」も違う。

君が出会った沖縄。
僕が知った沖縄。

いつか僕は、君が出会った沖縄に訪れてみたいと思う。
すると君は、僕が知った沖縄を、知ってみたいと思うか、どうか。
そして。
「階層」とやらを、見つけてしまうのか、どうか。
 

ベジタリアンになっても食べるものに事欠かない国

 
5年ぶりぐらいだろうか、●●氏に会った。彼は日本人ではない。というか、彼は日本生まれだから、もしかすると国籍は日本なのかもしれないが、御両親はイスラエルから来た方だと聞いた。
「僕は周りの子どもたちと何も変わらないと思ってました。でもある日突然外人だった」

久しぶりに会った彼は、ベジタリアンになっていた。ヨガをやっていて、その関係で勧められたこともあったらしいが、それよりも、屠殺の現状を知ってしまったことが大きいと彼は言った。今知ったのだが、PCで「とさつ」と入力しても、「屠殺」とは変換されない。

体調は変わった?と聞けば、悪くないという。
「ベジタリアンになると性格が穏やかになるらしいけれど、もともと穏やかだったから、効果が分からない」と彼は笑った。

「日本は、そのテの仕事を卑しいものとして、ある一部の人たちに押し付けた。そして自分たちは手を汚さず、嫌なものは見なくても済むようにした。結果、大切な感謝を忘れた」
「食肉にされる動物たちの扱いは本当に惨いんです」
「ちょっと前の沖縄では、家で大切に飼ってきたヤギや豚を、ハレの日に自分たちの手で殺して食べた。アイヌは、熊が獲れれば熊神としてその精神を神の国へ返す祭りを盛大にした。マタギも獲物を愛しく思い決して余分に獲らない。俺の千葉の田舎だって、僕が行くと、さっきまで庭を駆け回っていたニワトリを、特別に絞めて料理してくれた」
だからたぶん、問題はそこではない。きっと、食肉が「業」になっておかしくなった。

彼はバイリンガルのナレーターである。よほどの売れっ子でもない限り、仕事を選べるナレーターを僕は知らない。しかし彼は、原発と煙草の関係の仕事は断るのだという。その意思は、事務所には伝えてあるが、そんな話を他のナレーターとすることは一切ない。だから、彼がそういう関係の仕事を受けないということは、他のナレーターたちは知らない。

仕事を受けるか否かの線引きは、人間の体に直接害を及ぼすかどうか。そういう商品のCMのナレーションを受け持つのは、人間を害することに加担するのと同じだと彼は考える。仕事の話が来た時にちょっと怪しいと感じると、ネットなどを使って徹底的に調べ、結果これはダメだと判断すればきっぱり断るのだという。

ベジタリアンの彼は、人間と動物を区別しない。ある時、ペットフードの仕事が来た。調べた。動物に悪い影響を与えるという噂が大量に見つかった。彼はこの仕事を断った。

「そんなに金持ちじゃないし、いつどうなるか分からないような仕事だから、MCとしての価値を認めて自分を選んでくれたのに、それを断るのはとても厳しい。でも、この仕事が嫌いになりたくないから」
「偉いね、でも例えば、事務所に迷惑かからないかな、とかは…」
「簡単です。その日スケジュールが空いてないと言えばいい。クライアントには本当の理由は分からない」

「今のマスコミのCMは、全てでっかい広告代理店に歪められているとは思わない?」
「本当のベジタリアンは顔のあるものは全部食べないのです。だから本来は魚もNG。でも僕は魚は食べる。肉だけは食べないと、僕個人でそう決めたということです」
「なるほど…」

焼肉屋での忘年会。彼だけ魚介を焼いて食っている。炭火の上のでっかい海老の眼が、こっちを睨んでいる。日本向けの海老の養殖が、東南アジアのマングローブの森を壊しているなんてことまで気にしていたら、本当に食うものなんかなくなるに違いない。

「イスラエル支援企業は?」
実に僕は、危なっかしいことを聞いたのだ。
「なかなか本当のことが伝わって来ないから…」
「でも、ガザ地区のことはあまりにもだからさ」
「難しいですね…」
●●氏は、あくまでも穏やかであった。

二日続けて芝居を観て、この日も福島関連の映画を見に行き、その上映後のトークでは立ち入り禁止地区でたくさんの家畜が死んでいるというような話も出た。そのあとの忘年会だった。だから次の日、さすがに疲れて、映画を観に行く体力などなかったのだが、彼と話をしたから、予定していた映画、パレスチナのビリンの町を記録したドキュメンタリー映画、こいつは何があっても行かねばならぬと思い直したのである。

観終わって数時間が経った。さてと、いったい何が語れるのだろうと、今、僕は思っている。それでもできるだけ早く書き残しておかないと、失ってしまいそうな何かがあって、こうしてPCに向かってキーボードを打っているのだが。

いずれ表のブログにもきっと何かを書くに違いない。今日のところはだから、昨日の会話と妙な繋がりのあるいくつかの場面を、ただ吶々とまずは並べてみようか。

庭の木の枝にニワトリが飛び上がる。ニワトリ小屋があるのに、何故入らないんだ。
「ニワトリの自由だ」

無垢なジブリールは、大好きなフィールがイスラエル兵に殺されたことを理解することができない。だが何週間かあとには、それを理解することになるのだろう、と、父であるイマードのナレーションが入る。その時はもうジブリールは子どもではない、と。

「ジブリールには、何でも見せるんだ」
スクリーンには、何かをジッと見つめるもう笑わないジブリールの横顔が映し出される。ジブリールの視線の先には、ヤギだか羊だか、大人たちが家畜を絞めている光景。真っ赤な血が流れ出す。
イマードは言う。
「生きる事は困難だ」

さて……。

イスラエル軍の暴挙が元凶だと、それは疑いないと、僕も確かに信じているのだ。しかし、それでもいつだって、ユダヤの長い歴史について僕が余りに無知である事に思い至って、そして口ごもるのだ。ただ、無垢だったジブリールに何の罪もないことだけはっきりしている。

アメリカと、そしてイギリスのことを忘れるわけにはいかない。けれど、そうなのだけれど、大国の巨大な責任を追及し始めた瞬間、パレスチナの本当の現実に靄がかかりはじめる。そして、無垢なジブリールを忘れそうになる。

僕は今、こう思っている。

ベジタリアンになっても食べるものに事欠かない日本とはいかなるものなのか。本来人間とは、家族のように育てた家畜を、時に殺して食べなければ生きていけぬものなのではないのか。その大切な「悲しさ」を忘れては、この世界から争いのなくなることなど、金輪際ないと自覚しなければならないのではないか。
もう少しで届きそうなのに、どうしても掴めない、指先にすら触れる事のできない想念、それは今夜見る悪夢なのかもしれない。

昨日、ああ、もう、おとといのことになったが、●●氏に、夢は何語で見るのかと聞いたのだ。すると彼は「見た夢はひとつも覚えていない」と穏やかに笑ったのだ。
 

本当の話はいつだって

 
ぜいとは贅肉のぜい。
「いったい何のこと」
「だから」

殆ど寝てたくせにとは誰の事ですか。斜め前のおじさんさんたち、ふたり並んで、大口開けて。最後まで見てましたよ、確かにあなたは。あちらではずいぶんと気をお使いのようですが、そういうことなんですかね。「ハタキでもってハエを追っている」って、こっちではあ~た。

ああいうものかと思ったのです。でも何々ちゃんは真面目にね、「なんだあの歩き」って。
「確かに鉄人28号みたいだった」
どうやらトラブルメーカーみたいですね、聞くところによると。電子機器の変調はポルターガイスト。沖縄ですから、ありそうな話です。でもボク、好きだなあ。これ、本当の話。冗談じゃない、こんなのあたしじゃないと、自ら落ちたとは、もはやボク個人の伝説です。何々さんの先生なんでしょ、お会いしたいものです。

左から二番目の人が座りかけた。でもタイミング早かったみたい。
「まだですよ」っと。
だからまた立った。と、その右隣の人もつられて座りかけたが、二番目の人が立ったのでその人もそれに倣って…、てなことがあっちこっちで起こると、まるで六気筒エンジンのピストン運動にも似て。実際は知りません。ただボクは想像してひとりニヤニヤと。

「あの人、首動かないね」
「寝違えたんじゃないの」
あら、ずいぶんなことをサラリと。

ボクね、大好きなんですよ、片足上げてヒョコヒョコやるところがさ。上げない右足は屈伸運動。上げた左足の方は、男は膝の曲げ伸ばしとそれに合わせて足首も曲げたり伸ばしたり、女性はあんまり膝は使わず足首だけ。ところが足首のヒョコヒョコがないとこれがちっともかわいくない。ゲタ履いたママでやられちゃあ足踏みミシンか車のクラッチか、どっちも近頃見かけない代物だもんね。

ボクのガンチョー、曇ってますかね。
「しーらない」
「あ、きったねー」

だけどさあ、トリのど真ん中、なんであの人なの。受けてました。最後、あの人だけ上手にハケたら大スターだったのにねえ、惜しいことした。
「ジョーズ、じゃなくて、カミテ」

「見てた人が読んだらどうするの」
「いたら大喜びでしょ」
でも、いませんでしょそんな人。ただ、本当に楽しき話は、拡声器のない場所でされているということ、それが言いたかったのです。楽しき話ばかりではなく、本当の話はいつだって。
 

…と呟いてみたのだが

 
1854年の琉米修好条約、1855年の琉仏修好条約、1859年の琉蘭修好条約って知ってますか、日本政府は無視だが。

…と呟いてみた。

尖閣で中国をぼろくそに言う前に自らを知ろう。国家が国家である限り50歩100歩であるということ。行くべき道はきっと別にある。でもそれは遠い未来のことかな。
北方領土が日本のものだとしている根拠は1855年の日魯通好条約。1859年の琉蘭修好条約よりも前の話。決してロシアが正しいわけではないが。

近代国家で最初に禁煙を言ったのはヒトラーだったとか。アウシュヴィッツと無縁ではない。
(といっても、これについては様々なご意見があるらしく。煙草好きの市民運動家がここぞと広めているが、元々専売公社が拡散したデマだとか、例えばお江戸は火事が多かったので、時の将軍が禁煙にしたとか…)

要するに、色々な角度から物事を見てみようということ。

…と呟いてみた。
 

絶望的に粒子であった

 
戒めを破ってみた。
そうして「辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民大会」について書いてみた。

しかし、つまらないのである。

戒めの破り方が中途半端だったからではない。戒めを破ったのにもかかわらず、何の反応もないからでもない。どこか絶望しているのである。
普天間が返ってきたとして、辺野古の海が守られたとして、それでいったいどうだというのか。グアムの人々のことを気にしているわけでもない。沖縄の一部の鼻持ちならない金持ちのことでもなく、やってくるであろうハイエナのような本土資本のことでもない。どこか、根源的に絶望しているのである。

僕の問題ではない。沖縄の問題なのだ、というふうに。

今日、僕の頭上に降り注いだ太陽光は、波ではなく、絶望的に粒子であった。
 

どうせ誰も……

 
表のブログでは書けない事を、何を勘違いしたのか、mixiとやらでちょっと書き綴っていた一時期があった。

あさやさんからメールが入った。
「幸喜さんから案内あったから、お前の切符も頼んでおいたぞ」
というありがたいメッセージ。早稲田の「人類館」のこと。 これで先着順の列に並ばなくて済む。でも誘った津嘉山さんはどうなのだろうと心配して青年座に電話したら、津嘉山さんにも主催者からご招待があったとのこと、そりゃそうだよなと安堵した。 でも、なんだかこういう特別待遇はとても申し訳ない思いがする。

結局、このことは少し煙に巻いて書き直した。その文章は、この「社長とは~」のどこかにある。

BOOMの「島唄」のこと。

でいごの花が咲き
嵐を呼び 嵐が来た

この歌詞の隠された意味。
「災厄を告げるというでいごの花が咲き、沖縄本島に米軍が上陸した」

また……

ウージぬ下で 千代にさよなら
「ガマの防空壕で君が代にいう永久の御代との別れ」

今思えば、このことをわざわざ表のブログでは書けないのでなどとワケの分からぬ注釈をつけてあんな場所で呟く意味があったのだろうか。これ見よがしのナイショ話ほどいやらしいものはない。

しばらく、mixi体験の自己批判で押してみようか。どうせ誰も読んじゃいない。

神奈川にだって、基地はあるのだが……
どうせ、誰も聞いちゃいない。
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