社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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都立駒場高校 生徒総会 《その4》

 
それから数日後のことでした。
都立駒場高校の各教科の研究室は、校舎の1階にありました。暗い廊下側にはそれぞれ一枚の扉があるだけで、どれも大概は閉じられていて、よそよそしい佇まいでしたが、その反対側は、大きなサッシの窓と扉がしつらえてあって、植え込みなどが点在する日の光いっぱいの中庭へ直接出られるようになっていました。教官たちはそこから表へ出るときに履くためのサンダルなどを各々準備していて、それをコンクリのタタキの上に並べていました。中庭といっても、閉鎖された空間ではなく、自由に通れる開かれたスペースでしたから、そこはいつも生徒たちの声で満たされていました。
なにしろ30年以上も前のことなので、記憶が定かではないのですが、放課後だったのか、あるいは定期試験後の休みの期間だったのか、いずれにしろ授業からすっかり解放されていた時間だったと思うのですが、それでもクラブ活動などあるのか、その時も、中庭は生徒たちでそれなりに賑わっていました。
そんな通りすがる生徒たちにはお構いなく、という感じで、中庭の社会科教官室の前では(というか裏ではというか)、社会科の教官たちが車座になって酒盛りをしていたのです。
なんとも大らかな光景。今のこの時代に同じ事をやったら、いったいどんな騒ぎになるのだろう。しかし、30年前の生徒たちは、特に何を思うでもなく、ちょっとした言葉を交わしたり、あるいは黙ってその脇を通り過ぎていきました。
僕も、別段なんのこともなく、ただ通り抜けるだけのこと、あるいはひとことふたこと何かしゃべったのかもしれませんが、そんな僕を、世界史の山村が呼び止めたのでした。
「世界史の山村」と呼び捨てすることに、他意があるわけではありません。今は知りませんが、当時の都立高校の教師の中には、予備校で教えている人も多くいて、彼もごたぶんに漏れず代々木ゼミナールで教えていて、「代ゼミの世界史の山村」といえば、受験を控える高校生の間ではよく知られた呼び名でした。
僕を背後から呼び止めた「世界史の山村」は、ここへ座れと、彼の左隣に僕を招きいれました。さすがに酒をすすめられたという記憶はありません。しかし、社会科の「河合のばあちゃん」には、「あんた貰いタバコはだめだよ」としょっちゅうご注意を頂いていたし、演劇部の「池尻さん」とは、何度も一緒に飲んでいたし、もしかしたらその時もビールの一杯くらい飲んだのかもしれませんが、どっちにしても記憶にとどめる必要のないほど、酒や煙草について、大らかな時代であったということです。
既にかなり酔っていた「世界史の山村」は、そのとき僕に、こう語ったのでした。

この前のな、生徒会のことだ、あの時、俺はな、お前をぶん殴ってやろうかと思ったんだ。でもなあ、俺は思った。お前は、ああするしかなかった、ああするしか、他にしようがなかったんだ。

「世界史の山村」は、一切僕の見解を聞こうとはしませんでした。ただ左手で僕の肩を抱き、僕の顔を見ることも無く、右手に持ったコップに注がれ揺れて波立つ安酒をただ見つめたまま、何度も何度も同じことを繰り返していたのです。

何故僕は、芝居などという世界で生きていくことにしたのか、いくら考えたって答えが見つかるわけじゃありません。しかし僕は、人様から「何故お芝居を」と聞かれる度に、この日のエピソードを思い出します。
そうして、いつからか僕は、「何故お芝居を」という質問に対して、この時の「世界史の山村」という教師の言葉が、僕を決心させたのだと、もっともらしく答えるようになっていたのです。
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都立駒場高校 生徒総会 《その3》

 
僕は司会者に決然と言い放ったのです。

君は一体、何を言っているのだ!
さっきまで、この体育館の後ろの方が、どのような状態になっていたか、君はわかっているのか。この台上で、こそこそ話されていた君たちの言葉は、一言たりとも僕らには届かず、結果、何機もの紙飛行機が飛び交っていたのを、君たちも気づかなかったわけではないだろう。
どうすれば聞いてもらえるのか、君たちは何故そのことをまず考えようとしなかったのか。
どんなご立派なことを語っても、聞いてもらえなければ、何にもならないではないか。
見ろ。今、この体育館に集まった者の全てが、この僕の言葉に耳を傾けている。これを、君はどう考えるのか!!

見事でした。体育館の舞台の小ささがどうのこうのという、いまさらいかんともしがたい話題を持ち出して、ただウケを狙ったような話に仕立て上げ、その緩んだ空気に気を許して、思わず言ってはならないシャレを口走ってしまった敵のミス、そこを逃さず捕らえ、ついに隠し持っていた本題を突きつける、敏腕弁護士が仕掛けた罠に、まんまと引っかかった原告側証人は、ただ沈黙するしかないというような、まさに痛快な結末でした。僕こそが数分前に紙飛行機を飛ばしていたという事実も、僕の主張を覆す根拠にはなりえません。君たちの言葉が、この僕にまで、ちっとも届いてこなかったのだよと、そう告げればいいだけのことなのだから。そこに、モラルの問題があるにしてもです。
そうして、体育館は、さらなる喝采に包まれていったのです‥‥

ひどいものです。聞いてもらうことが重要だなどというもっともらしい「本題」だって、ただその場のとっさの思いつきに過ぎなかったのだから。
「ここは、演劇の練習をするところではありません。」
優秀な後輩よ。君の洞察は確かに正しかった。但し、半分だけ。後の半分が間違っていた。
僕は演劇の練習をしていたのではない。あの舞台は、結果的に、僕の一世一代の本番だったのだ。

歓声の中、僕は英雄気取りで颯爽と舞台を後にしました。
しかし、その姿を、苦々しく見送っていたのは、ただ生徒会の役員たちだけではなかったのです。

《その4》へ続く
 

都立駒場高校 生徒総会 《その2》

 
その一瞬間の全き静寂の後、寄せた波が返す時の音ように、体育館には緩やかな笑いのざわめきが起こりました。それは何故か。今壇上に立っている男に、心ならずも妙に引きつけられてしまった、そしてそれが、今この場に集まっている全員の共通の状態だということに、静寂を作り出した張本人の一人ひとりが、やはりほぼ同時に気づかされたのです。生徒集会には、およそ場違いな集中力の集合体が生み出した静寂、その緊張が自嘲的な笑いによって解きほぐされた瞬間でした。
しかし、彼らの壇上の男に対する興味が失われたわけではありません。
僕は、解放された笑いのざわめきがおさまるのを、静かにじっと待ちました。いまや、完全にリラックスしながらも、なおこの僕にしっかりと目を向けている聴衆、表現するものにとっては、ほぼ完璧なシチュエーション。僕は、おもむろに語り始めたのです。

何をしゃべったのか、あまり良く憶えてはいません。いずれにしろ、たいした話をしたわけではありません。しかし完璧なシチュエーションがあれば、たいていの話は大ウケします。
東京都立駒場高校は、保健体育科などもあり、体育については特に力を入れている学校でした。そんなわけで、それまでの古い体育館兼講堂は取り壊され、当時の都立高校にしては不釣合いなほど立派な体育施設が新しく建てられました。その中の大体育室で、生徒総会はとりおこなわれていました。
僕は、その舞台に立っていました。しかしそれは、体育室の一辺の壁を穿っただけの極めて貧弱なもので、殆ど演台にしか使えない代物だったのです。ぼくは、そのとってつけたような舞台を、ちょいと茶化してみたのです。
間口何歩、奥行き何歩、大またで歩測しながら、こんな狭い空間で、芝居なんかできるか。
聴衆はやんやの喝采。保健体育科の生徒たちも笑っていました。要するに、ちっとも真剣な話じゃなかったということです。
大きな予算で都が建設した施設。それが出来上がっちまってから、それについて生徒会で文句言ってみたところで、どうかなるものではありません。生徒総会とは、今度の文化祭をどうするかとか、放課後の校庭の使用について、どのように各運動部に割り当てるかとか、そういう地道なことを取りまとめて決める機関です。僕のパフォーマンスは、単なる余興でした。聴衆は、僕の悪ふざけに付き合って楽しんでいただけです。

生徒総会を取り仕切る2年生、生徒会長だったか、書記だったか、さすがになかなか優秀な男でした。僕に好き勝手にやるだけやらせておいて、区切りのいいところを見計らって、彼は僕にこう言ったのです。
「高山さん、ここは、演劇の練習をするところではありません。」
たしかに彼は優秀でした。それが証拠に、この彼の言葉にも、笑いと喝采が起こったのですから。
しかし、彼は誤算していました。彼がもし政治家になりたかったのだとしたら、こう言うべきだったのです。
「ありがとうございました。ほかにありませんか。ないようですね。ずいぶん時間も押してしまいました。ごめんなさい。これで散会とします。」
そして、僕を舞台の真ん中に置き去りにして、そそくさと退場する。そうすれば、君の大勝利だったのだ。しかし、残念ながら君は、僕の大ウケの演説に影響されて、柄にもなく、ちょっと余計なことを言ってしまったのだ。
「高山さん、ここは、演劇の練習をするところではありません。」
飛んで火に入る夏の虫。君は、僕の闘争心に火をつけた。僕は、この戦いに何の不安もありませんでした。完全なシチュエーションに置かれた聴衆を味方につける術は、君より僕のほうがはるかに秀でているのだから。実生活の人間関係は苦手だとしてもです。

《その3》へ続く

 

都立駒場高校 生徒総会 《その1》

 
僕が18歳の時のことです。
東京都立駒場高校の、新築されたばかりの体育館で、生徒会主催の総会のようなものが開かれていました。確か春ではなかったかと思うのですが、定かではありません。2年生が運営進行していたので、もしかすると3年生が引退した後の秋のことだったのかもしれません。
舞台では、2年生の司会者が、なにやらしゃべっています。総会といっても、悪がきどもや、世の中を斜に構えて見ているような連中は、いつものごとく欠席、たぶんどっかの喫茶店で「煙草」でもしていたのでしょう。ただ、何故か僕は、その日魔がさしたのか、喫茶店の「煙草」には参加せず、体育館のうしろの方いたのです。
体育館にちゃんと集まった連中が真面目なのかといえば、そうでもありません。僕の周りでは紙飛行機が飛び交っていましたし、前の方はいざ知らず、後ろの3年生のほとんどは、今壇上で行われている議論なんか、ちっとも聞いていませんでした。
「何か質問はありませんか」
司会者が、性能の悪いマイクを通して問いかけます。形式的な問答、儀式みたいなもんです。
通常なら、「それでは、散会とします」と、司会者が力なく宣言して、生徒たちは、この退屈なだらだらとした時間から解放されるはずでした。
ただ、その日の僕は、魔がさしていたのです。僕は、体育館の舞台から一番遠い真後ろで、「ハイ!」と元気よく手を挙げて立ち上がったのです。
質問なんかありません。だいたい今の今まで、何を議論していたのかさっぱりわからない、だって何も聞いちゃいないで、紙飛行機を飛ばしていたのですから。
「はい、高山さん、どうぞ」
僕は、2年前の文化祭で、演劇部の主役に抜擢されて以来、ちっとも人気ものではなかったが、学校では有名人でありました。その舞台を見ていない下級生も、なぜか僕を知らないものはほとんどいませんでした。
体育館の真後ろから、演台に向かって、僕はゆっくりと歩き始めました。モーゼとまではいきませんが、すっと、生徒たちの海の真ん中に、人ひとり通れるほどの道ができました。誰かが、手拍子を始めました。僕がほぼ半分ほど進み、体育館の中央に達した頃には、その手拍子は、じゃっじゃっ、という大きな塊となり、舞台脇の階段を昇るにいたっては、大音響で体育館に鳴り響いていたのです。
僕が壇上に上がると、手拍子はだんだんと小さくなっていきました。僕は、ほんの少し首をすくめて、所定のマイク位置からちょっとズレた位置まで進み、そこで、すくめていた首を、すっくと伸ばして正面を見据えました。
ぱらぱらとなっていた手拍子の残響と、ひそひそと交わされていたおしゃべりのかすかな喧騒の束が、その時ピタッと止み、一瞬間、完全なる静寂に体育館全体が包まれたのです。
《その2》へ続く


本記事は、書きためてある「過去のノート」のコピペではありません。会社の業務、並びに新作「注文の多い料理店」の歌の練習に、たった今から出かけなければならず、したがって一気に書きあげることママならず、やむなく連載記事といたしました。
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