社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

RSS     Archives
 

スポンサーサイト

 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 

(再掲)《1984年3月18日のノート》

 
仙台からの帰り。信号待ち。ぼーっと車外を眺めていた。と…

二人乗りのバイクが、歩道に横付けして止まった。後ろに座っていた女の子が降りて手を振る。バイクは走り去る。彼女は買い物にでも行くのだろうか、雑踏の中に消えていく。何故かヘルメットを被ったママ、妙に残念な気分で、笑いが込み上げてきた。

春が近いと思った。
(1984/3/18)
スポンサーサイト
 

(再掲)《1989年1月8日のノート》

 
「平成」が始まったのではない。「昭和」が終わったのだ。「平成何年」という言い方に違和感を感じている間に、「昭和」について日本人が考えるべきことはないのか。「昭和何年」というのも、実は妙だったと、そう日本人が気づくための、これが最期の機会ではないのか。「平成」に慣れてしまったらもう遅い。 「問題は天皇制と天皇個人との問題だ」(「五勺の酒」中野重治) 天皇個人と天皇制が「平成」において再びしっかりとイコールで結ばれてしまったらもう間に合わない。そうなる前に……。
(1989/1/8)
 

(再掲)《1988年11月24日のノート》

 
日記じゃなくて、これでは月間報告だ。まだ「あの方」は生きている。死を間近に控えた天皇が、どこかに存在しているということが常態になってきた。

その意味を考えている。
(1988/11/24)
 

(再掲)《1988年10月23日のノート》

 
へえ、もうひと月以上も経つのか。久しぶりに日記を開いてそう思った。いや、久しぶりに開くんじゃこのノートを日記とは呼べないな。ともかく忙しい。いよいよXdayがやってくれば、この自粛ばやりのことだから、観劇行事などは真っ先に中止になって、そうすればきっと休めるなと、結構期待していたんだが、しぶとく一ヵ月も経っちまった。年末に向けて仕事は減ってくる。この分だと少しヒマになってからXdayだろうか、それじゃあんまりおもしろくない……。ふん、こんなふうに思うのはやっぱり不謹慎だなと思う。お亡くなりになられるかもしれないのが「あのお方」だからというわけではなく、天皇様だろうが誰だろうが、人間が死ぬのを期待するなんてのはやっぱり絶対不謹慎なのだ。それを気軽に言ったり書いたりするのは、死ぬのが「雲の上の天皇様」だからに違いない。天皇は、やっぱり人間ではなかったということか。

中野重治は「五勺の酒」でこう書いた。
「天皇を鼻であしらうような人間がふえればふえるほど、天皇制が長生きするだろうことを考えてもらいたいのだ。」

再び「ふん」と鼻であしらってみて、そんなことよりも、今日はせっかくの休みだというのに、僕は僕のたったひとりの大切な家族のために、何もしてやらない、そのことの方が問題なのだと思っている。そういうふうに反省すると、僕はこのノートを開くらしいのである。ということはだ、このひと月、僕は「正しい夫」をしていたのかといえば、全くそんなことは無いわけで、それなのにもかかわらずこのノートを一度も開かなかったということは、一度たりともカミサンのことを気にかけなかったということになるのかね。そんなこたぁない。
そんなこたぁないけれど……、ないけれど? ないけれど、だからどうだ、ということもないけれど……。

天ちゃんが死ななきゃ、今度の休みは11月の2日で、それまではまた考えるヒマもなくなる予定だ。
(1988/10/23)
 

(再掲)《1988年9月19日のノート》

 
テレビの業界用語でいうところの24時55分。

本を読んでいた。

オリンピックのハイライトが終わって、そのまま何となく消さずにつきっぱなしになっていたテレビに突然入ってきたニュース。発熱で今日の相撲観戦を中止した天皇の容態が急変、宮内庁の発表はなし。それだけ伝えて、今テレビは風景とピアノ音楽。

字幕が流れる。
「宮内庁幹部相次ぎ皇居へ 情報が入り次第お伝えします」

いよいよか……。25時02分。
(1988/9/19)
 

(再掲)《1984年6月30日のノート》

 
遠くが霞んで見える。だからきっと確かに夏なのだろうが、今日の雲は夏の形状ではない。といって春のそれでもない。こんなことが気になる自分が不思議だ。

「そうだ、声が似ているのだ」
そう気付いたのは昨夜寝床に入ってからだった。

そのせいだろうか。去っていった人々、去っていこうとする人々、彼らの事を書こうと思っていたのだ。それは、より重要な事に思えたのだ。だがそれは誠実でないような気がして、結局のところ放棄してしまった。確かに、近ごろ僕は「誠実」ということにひどくとらえられている。

岐路があった、こんな物の言い方が僕自身の思考を硬化させてしまうのを恐れて、つまり、だから「重要な事」を放棄したのだとも言えるのだが。

ともかく、ほとんどの人間関係が事務的になっている。
(1984/6/30)
 

(再掲)《1983年7月3日のメモ》~「行間を読む」ということ~

 
「出来事は《行と行の間》に起きるのではなく、直接に話されねばならぬ。俳優たちは(中略)行と行の間で彼らを待っている《なにか表現しようもないもの》にたよろうとする。だがそれによって《表現し得るもの》や《すでに表現されたもの》を無意味にしてしまうから、こういうやり方は有害である」
(ブレヒト)……単なる芝居のはなし

「日本人は最も大切なことは、言葉によらず言外によるから、これはもういかんともしがたい。従って日本人にうけ入れられるのは、この言外によることになってしまう。それはもう聖書ではない」
「第一歩はお互いに非常に理解しがたいことをまず率直に理解することであろうか」
(イザヤ・ベンダサン)……仮名で書くペテン

「現在と対話しようと思ったら、自分をからっぽにし、想像力の活動を禁止しなければならないのだ」
(ジャン・ヴォーチェ)……小説の一節を引用する馬鹿らしさ
(1983/7/3)
 

(再掲)《1984年3月26日のノート》【僕は「太宰」ではなく尚も「太宰」である】

 
太宰治は書いた。
「僕が早熟を装って見せたら、人々は僕を早熟だと噂した」
「けれども、僕が本当に苦しくて、思わず呻いた時、人々は僕を、苦しい振りを装っていると噂した」
「わびしさだの、淋しさだの、そんなゆとりのあるものでなくて、悲しいんだ」
『斜陽』を読みながら、僕は思った。
〈本当だろうか〉

日本人は、日常を小説で考えようとするが、本来、日常とは哲学で考えるものだ、そう語った者がいる。そして彼はこうも言った。小説とは、「非日常」であると。

ならば太宰が小説で何を書こうとも、どうでもいいことなのだが、日本人が小説で日常を考えるというのなら、やはり捨てては置けないということではないのか。確かに、戦後の現実に幻滅していたには違いない。しかし「人間は恋と革命のために生まれて来た」とは、なんとも弱くて甘きに過ぎる。太宰の「現実」とは、実は左程にも偏狭な私生活に限られた世界であった。

「マルキシズムは、働く者の優位を主張する。民主主義は個人の尊厳を主張する。同じものだ、などとは言わぬ。ただ牛太郎だけがそれを言う」
太宰の自嘲そのまま、「なんという卑屈な言葉だろう」。本当に不愉快なのだ。マルキシズムは、お前の自慰のための道具であってはならない。少なくとも、理念としては。

「ローザはマルキシズムに、悲しくひたむきの恋をしている」
そうして太宰は、恋や美を、新しい時代の新しい倫理に祀り上げようとするのだ。所詮「天皇」を愛した貴族の甘さと弱さである。
「天皇は倫理の儀表として之を支持せよ。恋したう対象なければ、倫理は宙に迷うおそれあり」
反吐が出る。太宰の言う「倫理」とは何か。なぜその「倫理」をこそ疑おうとしなかったのか。
サルトルは言った。「ナチスの占領下においてわれわれは自由だった」と。一方、太宰はがんじがらめの自分に陶酔しているのだ。

「斜陽族」などという風俗、「放埓に苦悩のない、馬鹿遊びを自慢する、ほんものの阿呆の快楽児たち」が、デカダン文学の生み出した産物ならば、それはこうした日常的作品の中に、「正しい愛情」だとか「蘇生したヒューマニティ」などという得体の知れないものを、密かに、そして巧みに織り込んだ作家たちの罪である。「ほんものの阿呆」は、やがて「天皇」を補完する存在に変質していくに違いない。

だが、所詮小説なのである。
「小説とは非日常である」、これを「小説とは非日常でなければならない」と言い換えてみると、「あらゆる現実的行為は悪である」という形而上学的ドグマと、妙な反応を起こして、僕はおもしろがっている。

「人間はみな同じものだ。この言葉は実に猥褻で、不気味で、ひとは互いにおびえ、あらゆる思想が姦せられ、努力は嘲笑せられ、幸福は否定せられ、美貌はけがされ、光栄はひきずりおろされ、所詮『世紀の不安』は、この不思議な一語からはっしている」
僕は「太宰」ではなく、そして尚も「太宰」である。
(1984/3/26)
 

(再掲)《1983年10月14日のノート》【書くことが無いのでイロハを書こうと思った】

 
井伏鱒二の残した言葉……
「書くことが無いのでイロハを書こうと思った。」

太宰治にとって、井伏鱒二はどんな存在だったのか。
太宰は……   やめた。

イロハニホヘト
(1983/10/14)
 

(再掲)《1984年8月20日のノート》

 
ある直線上において、全くの同一点に立っているのに、生きるということがベクトルを必要とするのなら、そこでの矢印の向きによって、全く相反する立場があり得る、そんな当たり前すぎてつまらぬことを考えていたのだ。

↑…《読書量の減っていることが不満である》

↓…《暴飲暴食のために、また胃が痛み出した》

→…《昨日と一昨日のこと、彼のこと、彼女たちのこと、そして僕自身のこと、あるいは、つまり恵まれた人間たちのこと》

←…《床屋にだって行かなければならないんだ。だが今日は定休日》

→…《他にもいろいろあったはずなのだが……》
 
↑…《そうだ、ギターの弦を買ってこよう。ついでに、本屋にも寄ってみるのかい?》

→…《十七日に読んだ「マクシミリアン博士の微笑」から
「あの子供達の素朴なタマシイをつかむのは、きっと私達のもっと素朴なタマシイでなくてはいけないよ」
「あの子供達はせっかくカラの中に閉じこもれたのです。ようやくなんです」》
《こんな時にまぜっ返してややこしくして、一体何をしてるんだか、おまえは……》
《「あなたですよ。あなたが私達にウソをつくことを教えたのです。あなたの前では、誰でも平気でウソをつきます。あなたがやさしいせいではなくて、それはあなたが臆病なせいです」
子供「私、先生好きです。」 助手「もう行ってお休み。」
子供「私、先生がとても好きです。」 助手「いいよ。お休み。」
子供「先生、先生に触ってもいいですか?」
助手「先生はね、とてもくたびれた……。」
子供「先生、触ってもいい?」 助手「うん。ひどく、くたびれたんだよ……。」
「あなた方は本当にこの子のことを考えているんですか? 本当ですか? あなた方のおもちゃにするためにこの子をソッとしておきたいと言うのなら、私は許せませんよ」
「うわべだけのなぐさめあいだけで一生送れると思ったら大間違いよ」》

↓…《別役実の引用、というのが気に入らない》

→…《「あなたは愛されてたんじゃなくて、同情されていたのよ。しかも、それもあなたは知っていた。そうね……? あなたは知っていたわ。知っていながら、愛されているフリをしていた。だから、あなたは、だまされていたんじゃなくて、だましていたのよ。この人達も、つい今までは、あなたの事をだましおおせていると信じてたのよ」
「なかったんだよ。やっぱり、何事もなかったんだよ……」》

↑…《案の定だ……。電話でもしてみるかね》
いったいどうしたことだろう。あいつが電話に出ないということが、こんなに僕を不安にさせるのだ。外は土砂降り、この時間ではもう帰る電車は無い。
「酒は飲むな、しっかりと一人で生きていく」
露骨に自尊心が傷つけられるよりは、嫉妬心という低劣な概念にカモフラージュされている方がよほどいい。

←…《ごめんなさい。ひねくれた言い方、許してください。素直になりなさい……》
ああ、何というありきたりな風景なのだ。明日になれば僕はすっかり元通りになっちまうのだろうけれど、そうなる前に、今のこの風景の中で、この風景共々丸ごと受け入れなければならない、と僕は思っているらしいのだ。あなたがあなたでなかったら、僕はあなたと出会いはしなかった。

曖昧な関係が君を苦しめている。曖昧とは、ベクトルの方向が定まらず揺れていることだと思っていた。でもその間違いに気づいたのだ。

この地点で、僕は力と方向を失ってみる。
(1984/8/20)
プロフィール

urashachoo

Author:urashachoo
FC2ブログへようこそ!





ツリータグリスト

カレンダー
07 | 2017/03 | 08
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -


来訪者

検索フォーム

RSSリンクの表示


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。