社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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個人的な理由

 
暮れの、一度きりの不摂生。元日から目眩と頭痛が治まらず、声も掠れて出やしない。昔は毎晩午前様、朝から移動して、仕込んで2ステージ、バラして宿で遅い飯を食い、それからまた飲みに出る、それを何日続けても、声だけは健在だったのに。

何故か、3.11の年にあったことを、あれこれ思い浮かべている。
家族のこと。つまりそれは、身勝手で個人的なこと。

寝ていると増々具合が悪くなる。
だから這ってでも事務所へ行くのである。仕事があるからではない。何度でも言う。寝ていると具合が悪くなるから。身勝手な、個人的な理由。
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上滑りした慣習

 
朝から酷い目眩。
PCのトラブル。

久しぶりに自宅に帰って蕎麦を食うのだが、もう何年も前から、暮れと正月を結ぶ上滑りした慣習にイラつくようになった。
(目眩が習慣になる? 勘弁してくれ…)

すっかり年が明けるまで、どこかに身を隠していたい。
 

どっちが性に合っているかなんてどうでもいいこと

 
ツイッターとやらの話。

呟きたいことは呟いてはいけないらしい。それでもやっぱりなんとかして呟きたくて、謎めいた文章を捻くり出して、敢えてタイミングを外して投稿してみる。それでも、というか、それだからというか、思わぬところで
「俺のことか?」
みたいな、訝しげな反応が起こる。たいがいそれだけ、問いただしてくる者がいるわけもなく。問われなければ、否定することもできないわけで、放っておくしかない。
でもこれこそ文学的普遍性の源なのである。つまり、ペテン。

リアルな知り合いのフォロワーは、黙って去っていく。

フェイスブックとやらの方は、そのまま何もなかったかのように繋がったママ。いったいどっちの方が性に合っているのかなんて、どうでもいいことを考えている。
 

傾いた隊列の行進

 
ふた月ほど前のこと…
「知らず知らずスケープゴードが作られてしまう」
そんな話をしてみたのだが。

弁護するつもりはない。しかし小さな町、もう致命傷かもしれない。どうしてこんなことになったのか、どれもこれも憶測に過ぎないが、貧して鈍したのが発端に違いないと、僕はそう思っていた。

心から思う。切実に思う。
「子供には罪はない」
昔なら親は親、子は子、助けてくれるおせっかいがいた。しかし、今やそれは悪でさえあるらしい。親がダメだとその子供まで虐められるのか。子供たちに差し伸べる手などどこにもなく、陰からはいくつもの光った目が、ジッとこちらを伺っている。卑猥なヒソヒソ話。

当たり前と言う貴方たちは、ひたすらに悲しくないのかと問うてみるのだが。

子供たちとはとことん仲良くすると俺は言う。すると鬼になれと叱る「良心」とやら。
鬼というものを取り違えている…そう思ったが、黙っていた。

この小さな町の正しさは、目を覆うばかりの明るい正しさ。

それから積み重なっての今日。
みんなに嫌われているんだよ、ね、と、数少ない友だちが言う。
「なんで」
「貧乏だから」
それを黙って曇った表情が聞いている。虚ろが襲って来る。
「関係ないのに、かわいそうだよ」
子供たちの世界はひたすらに惨く。

種を撒いたのは大人。自分の子供たちの前で、その芽に水を遣るたくさんの親が、コクトーの子供たちを育てていく。
このおぞましく傾いた道徳は、あの狂った宰相と無関係ではないと、俺は確信している。傾いた隊列の行進。兵士のだれもがその傾きに気づかない。自分が兵士であることすら忘れてしまったくるみ割り人形たち。

insanus!
murderous ásetningi

俺はといえば、堆く積まれたラテン語で書かれた古書のある部屋から、子供たちを置き去りにしたその光景を、強烈な目眩とともに眺めていた。
 

「不在」のありか

 
母親も弟も、抗うつ剤を飲んでいた。今も飲んでいるのだろうか、知らないし興味もない。
朝方ふと、ひどく沈んでいる自分に出会う。違う違うと無理に口角を上げてみたり、再び目を閉じてそのまま夢の名残に身を任せてみたり、数十年間、何とか書くことで踏みとどまってきた。それなのにどうしたことだろう、今朝の僕は、眠りと覚醒の狭間で、「何か」の不在に脅かされている。その「何か」を、あれほど恐れていたのに。

起きて数分も立てば、FBとやらでイベントに招待する「友達」を選択し、「送信」ボタンをクリックしている。反応のないことを知りつつ、僕はそうしたある意味で絶望的なことどもに平然としていられるほど無神経な男に変貌してしまったらしいのだ。一歩踏み出せば、そこには新しいたくさんの顔が見える。だが振り返れば、置き去りにした僕自身の思いと、大切であったはずの人たちの後姿と、あの「何か」。かの「何か」を、今一度確認するために、僕はまた書き始める。
 

象徴でないのであるのなら…

 
ツイッターの、表にはふさわしくない言葉を消し去り、少しづつ裏へと強奪してくる。

「僕はTV版の方が好きだった、と言えない空気」
表の、昨日のブログから、この呟きを抹殺した。

今日もまた呟きたくなったのを、なんとかこらえて沈殿させ、なお残ったウワズミを、今この深夜の密室で語ろうとしている。

監督が、というのが少し憚られて、彼女が、登場する人たちを「主演男優」と称して燥いでいる。その文言と、それに添えられた画像の違和感。違和感といえば、ナレーションが僕には全くダメであった。前は気にならなかったのに、それがひどく鼻についた。

「沖縄の、男の俳優に代えて録音し直せばよかったのに…」
「わかるわかる」

そんなふうに同意もあったが、みんな大人だから、誰も公言などするはずもなく、大人になりきれぬ天邪鬼だけがこうして時間を費やしている。

同じ感覚が、あの“抵抗の唄”の場面でもやってきた。番組という枠に押し込められていた時は、怒りを共感し、涙も溢れたのだが、何故か劇場の椅子の僕は腹立たしささえ覚え、そして自分でも驚くほどすっかり醒めていったのだ。
「大和の女性」…、それも感性豊かな、と、後で括ってみた。素朴を敬愛するが、凡庸なら見向きもしないという感性に、散在する苦悩は見えないだろうと食ってかかる妄想を育ててみた。

根拠のない予感があった。根拠のない、ということは、僕の審美眼こそがきっと怪しいのである。
しかし、芸術作品を見せられたわけではあるまい。ならば、僕の予感の根っこが、「傑作」と評されだした「作品」と無関係だから、と、無視するわけもいくまいし、せめて裏でこっそり語るくらいは許されていいだろうと、僕は咎められる前に言い訳を準備した。

「主演」ばかりではなく、会場には次々と、いまが旬のゲストがやってくるというニュース。「なんと!」という小見出し。いったい彼にどんな関係があるのだろう、いったいどこまで燥げば気が済むのだろう…
まだまだ尽きぬといちいち事例を論おうかとも思ったのだが。

「言い訳」は、言い訳と言わせぬための方便。

かの土地が仮に心正しき感性豊かな自由人たちにとっての象徴なのだとして、僕にとっても同様であるなら、ふと彼女が漏らしたように、僕もまた、あの場所へ二度と足を運びはしないだろう。
しかしながら僕には象徴などではなく、そうであってはならないのだから、できることなら知った人に誰にも会わず、機会を作って一日でも二日でも、ひっそり座りに行こうと決めているのである。

他に見つめるべき場所がないならば、という条件付で。

そのうちに、数年の時を遡って、もう少しはっきりと書くつもりでいる。
 

ここは大切な場所だから…

 
3.11以来、表のブログでも無遠慮に書き綴るようになった。だが、だんだんと知られるようになってくると、なかなか語れないことも増えてくる。

しばらく置き去りにしていたが、ここはボクのノートを認める大切な場所である。

また少し、向き合ってみようかと思い始めた。
 

結局ボクも黙っている

 
もしかするとやっているかもしれない、そう思って電話をしてみたのだが。
「やってないよ、あしたよ」
「まだ、そうなんだ」

本業が忙しくなって、週末しか店を開けなくなって久しい。
それで行く機会が減った。嘘ではない。だから、そういうことにしている。

「明日、釣り、行くよ。明日きてよ」
「明日は、どうかな…」
少しほっとして、今晩は別の店に向かう。

だが。

実に美味い魚を食わせてくれる店なのである。前の日に行ったのに、日が落ち始めるとまたその店の魚が恋しくなる、そんな店だった。

だった? 妙な言い方をする。

「だいじょうぶよ」
いつか聞いたママの声が今も耳に残っている。
どうにかなっちまうと思っているわけではない。まず大丈夫だろうと、こんな俺だがタカ括っている。だからかまわないのである。それでも自前の釣り魚をすすめられたりすると、そいつが本日の一番だということはよく分っていても、あの頃のように二つ返事にはならなくなった。しかしその店に行くときは、「俺はタカ括っている」ということにして出掛けると決めているので、だから平気で食らうのだ。店では迷わない。

それなのに、今さっき、何故かほっとしたのはどうしたわけだろう。そんな自分を発見してしまったことも厄介だったのだが、問題はそこじゃない。

気にかかることがある。いたたまれなくなるのだ。それなのにボクは、黙っている。きっと、何かを恐れている。でも、その恐れがどういう類のものなのかを説明しようとすると、なかなか難しいのである。

フクイチからは、とてつもなく汚染された水が、今も大量に流されている。丹念にネットを巡れば、惨たらしい魚たちの情報にいくらでもぶち当たる。それなのに、誰もが黙っている。
言ってしまったら人間関係がおかしくなるかもしれないとか、そんなことではない。言うべきだと信じて疑わぬことを言わないで済ますことはしない、できない勇み足の多い人生だった。

つまり、0コンマ何%というような確率、ストロンチウムとか、そのほかの厄介なものが、その確率を大幅に上げるかもしれないこともよく分った上で、それでも何%という確率を、この毎日の、それぞれの人たちの生き方の中で、いったいどのように共有し、というよりはむしろ、どう処理したらよいのかが分らなくて、結局ボクも黙っている。

黙り込むことにおいて、あなたと私と、そこにどんな違いがあるというのか。
ただ。


ママには、10歳くらいの、何も知らない娘がいるのである。
 

僕の「階層」の生い立ち

 
「核弾頭を原発の燃料にするのはいいことじゃないか」
あまりにも薄っぺらだから、僕は語る気力を失った。

馬鹿らしい。正月だし、熱っぽいし。

「なんで原発作るのかなんて、そんなこと知らないよ、電力会社に聞けよ」

お前に語りかけてはいない。熱に魘されて独り言しただけだ。

日本には階級はないらしい。だが階層があるのだと学者は言う。確かに、階層間の移動の可能を示されても、可能性が現実の姿に変貌する光景を、殆ど目撃した事のない僕は、学者の意見は正しい、と感じている。
「ここにいる誰ひとりとして、ご立派な可能性を実現させたものなどいないではないか」
親の階層の、少し上か、少し下か…

あの頃、学生という階層の中で、誰もが友達であり得ると信じていた。いや、そうではないかもしれないと、薄々気づいていたのだが、勇気を持ってそれを言うことは、たぶん10代の少年たちには無理だった。

僕の棲家はどこなのだろうと思った。俺もこの彼らの住む階層の住人なのだろうか。居心地の良さとそれを拒否したい気持ちが同居していた。それは「誠実さ」の所為だと思い込もうとしていた。だが本当は、虚栄心か嫉妬か、あるいは何者かに対する優越感か、およそ人間として最も恥ずかしい感情の変形した表出だったのかもしれない。

僕の家の所属する「階層」は、彼等よりもずっと下であった。

僕の父も母も、大学など出ていない。

父方の祖父母は、跡継ぎのいない田舎の名家の養子であった。遠い親類からふたりを選んで養子縁組させたのである。結婚して間もなく、あっという間にその家は没落した。没落の原因は、地域の人々を救うためだったという美談で、法事などで集まると、親戚の何人もの長老から聞かされた。「本当なの」と何度か祖父に聞いてみたこともあるが、「さてどうだったか」というような曖昧な答えしか返ってこなかった。いずれにしても血の繋がっていない父親のこと、興味の沸く話題ではなかったに違いない。
無口な祖父は、リアカーを引いて行商を始め、いつしかお客さんから正直屋と呼ばれたが、祖母は「こんな筈ではなかった」と、連れ合いが死んだ後も、愚痴ることを止めなかった。
そんな夫婦の家庭に、父を大学に行かせる余裕があったのかどうか。あの祖父母だから、父が行きたいと言えば何がなんでも叶えてやったに違いない。だが、あの父だから、働く事を選んだのか。あるいは大学へ行く興味がなかったのか、その能力がなかったのか。
真面目だけが取柄の、高校卒の銀行員であった。

母方の祖父は、外国航路の大きな船のコック長だったという。英語が堪能な船乗りという祖父には、伝説めいた話がたくさんあって、ずいぶんと聞かされたが、殆ど忘れてしまった。お前はこの祖父に似ていると、そう言われるのが気恥ずかしかった覚えがある。
母が高校の時、祖父が乗っていた船が沈んだ。祖父は見つからなかった。父をこよなく愛していた母の姉は、ショックで身体を壊し、そのまま病死した。母は田舎の進学校でトップの成績だったらしいが、大学進学を諦めざるを得なかった。しばらく大きな会社の秘書課に勤めていたが、見合いで結婚をしてその仕事も辞めた。
「真面目そうな人だったから」
経済が、母が父と結婚した唯一の理由であった。

父の妹の夫は、東大出のエリート官僚だった。だが、三人目の子どもが妻の(つまり僕の叔母の)お腹の中にいる時に、若くして死んでしまった。やがて生まれたその女児は、遠い岡山に養子に出された。上の子ふたりの生活は住み込みで働く母親に代わって、僕の父が受け持った。僕は長男だが、物心ついた時には、上に姉がふたりいるようなものであった。そういう事情のあるわが家に余分な金などがあったとは思えない。だが惨めな思い出はない。この程度の貧乏は、周りにいくらでもあった。そんな時代であった。

「誰にだってある、どこにだって転がっている身の上話。階層とは何の関係もない」
その通りだと僕も信じている。これを階層というなら、僕は僕よりはるかに貧しい人々を差別することになる。しかしだからといって、この言い知れない眼前の壁を見ないではいられないのである。僕は、僕とは違う「階層」の人々と会話することの出来ない不具者なのかもしれぬ。

「階層」という言葉を捨ててみよう。とはいうものの、一度拾ってしまった概念は、僕の肌にこびり付き、肉に食い込む。逃れる事は出来ない。ただ僕は、何処かの劇作家のように、縦軸にのみ断絶があると言い切ることはすまい。地平を掘り起こさずとも、この地表を見渡せば、橋の架かっていない亀裂はいたるところにあるではないか。「階層」があろうがなかろうが、現実は変わらないと言いたいだけだ。

全く別の話をして終わりにしよう。
だがきっと、全く同じ話。

君と僕と、住む土地が違えば、出会う「沖縄」も違う。

君が出会った沖縄。
僕が知った沖縄。

いつか僕は、君が出会った沖縄に訪れてみたいと思う。
すると君は、僕が知った沖縄を、知ってみたいと思うか、どうか。
そして。
「階層」とやらを、見つけてしまうのか、どうか。
 

ベジタリアンになっても食べるものに事欠かない国

 
5年ぶりぐらいだろうか、●●氏に会った。彼は日本人ではない。というか、彼は日本生まれだから、もしかすると国籍は日本なのかもしれないが、御両親は●●●●●から来た方だと聞いた。
「僕は周りの子どもたちと何も変わらないと思ってました。でもある日突然外人だった」

久しぶりに会った彼は、ベジタリアンになっていた。ヨガをやっていて、その関係で勧められたこともあったらしいが、それよりも、屠殺の現状を知ってしまったことが大きいと彼は言った。今知ったのだが、PCで「とさつ」と入力しても、「屠殺」とは変換されない。

体調は変わった?と聞けば、悪くないという。
「ベジタリアンになると性格が穏やかになるらしいけれど、もともと穏やかだったから、効果が分からない」と彼は笑った。

「日本は、そのテの仕事を卑しいものとして、ある一部の人たちに押し付けた。そして自分たちは手を汚さず、嫌なものは見なくても済むようにした。結果、大切な感謝を忘れた」
「食肉にされる動物たちの扱いは本当に惨いんです」
「ちょっと前の沖縄では、家で大切に飼ってきたヤギや豚を、ハレの日に自分たちの手で殺して食べた。アイヌは、熊が獲れれば熊神としてその精神を神の国へ返す祭りを盛大にした。マタギも獲物を愛しく思い決して余分に獲らない。俺の千葉の田舎だって、僕が行くと、さっきまで庭を駆け回っていたニワトリを、特別に絞めて料理してくれた」
だからたぶん、問題はそこではない。きっと、食肉が「業」になっておかしくなった。

彼はバイリンガルのナレーターである。よほどの売れっ子でもない限り、仕事を選べるナレーターを僕は知らない。しかし彼は、原発と煙草の関係の仕事は断るのだという。その意思は、事務所には伝えてあるが、そんな話を他のナレーターとすることは一切ない。だから、彼がそういう関係の仕事を受けないということは、他のナレーターたちは知らない。

仕事を受けるか否かの線引きは、人間の体に直接害を及ぼすかどうか。そういう商品のCMのナレーションを受け持つのは、人間を害することに加担するのと同じだと彼は考える。仕事の話が来た時にちょっと怪しいと感じると、ネットなどを使って徹底的に調べ、結果これはダメだと判断すればきっぱり断るのだという。

ベジタリアンの彼は、人間と動物を区別しない。ある時、ペットフードの仕事が来た。調べた。動物に悪い影響を与えるという噂が大量に見つかった。彼はこの仕事を断った。

「そんなに金持ちじゃないし、いつどうなるか分からないような仕事だから、MCとしての価値を認めて自分を選んでくれたのに、それを断るのはとても厳しい。でも、この仕事が嫌いになりたくないから」
「偉いね、でも例えば、事務所に迷惑かからないかな、とかは…」
「簡単です。その日スケジュールが空いてないと言えばいい。クライアントには本当の理由は分からない」

「今のマスコミのCMは、全てでっかい広告代理店に歪められているとは思わない?」
「本当のベジタリアンは顔のあるものは全部食べないのです。だから本来は魚もNG。でも僕は魚は食べる。肉だけは食べないと、僕個人でそう決めたということです」
「なるほど…」

焼肉屋での忘年会。彼だけ魚介を焼いて食っている。炭火の上のでっかい海老の眼が、こっちを睨んでいる。日本向けの海老の養殖が、東南アジアのマングローブの森を壊しているなんてことまで気にしていたら、本当に食うものなんかなくなるに違いない。

「イスラエル支援企業は?」
実に僕は、危なっかしいことを聞いたのだ。
「なかなか本当のことが伝わって来ないから…」
「でも、ガザ地区のことはあまりにもだからさ」
「難しいですね…」
●●氏は、あくまでも穏やかであった。

二日続けて芝居を観て、この日も福島関連の映画を見に行き、その上映後のトークでは立ち入り禁止地区でたくさんの家畜が死んでいるというような話も出た。そのあとの忘年会だった。だから次の日、さすがに疲れて、映画を観に行く体力などなかったのだが、彼と話をしたから、予定していた映画、パレスチナのビリンの町を記録したドキュメンタリー映画、こいつは何があっても行かねばならぬと思い直したのである。

観終わって数時間が経った。さてと、いったい何が語れるのだろうと、今、僕は思っている。それでもできるだけ早く書き残しておかないと、失ってしまいそうな何かがあって、こうしてPCに向かってキーボードを打っているのだが。

いずれ表のブログにもきっと何かを書くに違いない。今日のところはだから、昨日の会話と妙な繋がりのあるいくつかの場面を、ただ吶々とまずは並べてみようか。

庭の木の枝にニワトリが飛び上がる。ニワトリ小屋があるのに、何故入らないんだ。
「ニワトリの自由だ」

無垢なジブリールは、大好きなフィールがイスラエル兵に殺されたことを理解することができない。だが何週間かあとには、それを理解することになるのだろう、と、父であるイマードのナレーションが入る。その時はもうジブリールは子どもではない、と。

「ジブリールには、何でも見せるんだ」
スクリーンには、何かをジッと見つめるもう笑わないジブリールの横顔が映し出される。ジブリールの視線の先には、ヤギだか羊だか、大人たちが家畜を絞めている光景。真っ赤な血が流れ出す。
イマードは言う。
「生きる事は困難だ」

さて……。

イスラエル軍の暴挙が元凶だと、それは疑いないと、僕も確かに信じているのだ。しかし、それでもいつだって、ユダヤの長い歴史について僕が余りに無知である事に思い至って、そして口ごもるのだ。ただ、無垢だったジブリールに何の罪もないことだけはっきりしている。

アメリカと、そしてイギリスのことを忘れるわけにはいかない。けれど、そうなのだけれど、大国の巨大な責任を追及し始めた瞬間、パレスチナの本当の現実に靄がかかりはじめる。そして、無垢なジブリールを忘れそうになる。

僕は今、こう思っている。

ベジタリアンになっても食べるものに事欠かない日本とはいかなるものなのか。本来人間とは、家族のように育てた家畜を、時に殺して食べなければ生きていけぬものなのではないのか。その大切な「悲しさ」を忘れては、この世界から争いのなくなることなど、金輪際ないと自覚しなければならないのではないか。
もう少しで届きそうなのに、どうしても掴めない、指先にすら触れる事のできない想念、それは今夜見る悪夢なのかもしれない。

昨日、ああ、もう、おとといのことになったが、●●氏に、夢は何語で見るのかと聞いたのだ。すると彼は「見た夢はひとつも覚えていない」と穏やかに笑ったのだ。
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