社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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《1983年のノート》

 
56億7千万年、釈迦の説法を受けなかった全ての人々を救うという彌勒菩薩。それは地球が滅亡した後の話か。人の一生、たった五十年余りの歳月。

無数の対立……

東洋の微笑む神々と西洋の苦悩する唯一の神。
日本人たる僕。民族の血。東洋の心。
肉体と精神。芸術と哲学。美と道徳。自然とカント的自由。感動とストイック。
「蹉跌の美」……敢えて哲学風に「極限状況の美」、いや、やはり「蹉跌の美」。

煩悩を打ち消す除夜の鐘。
ノートに書き留めておきさえすれば、煩悩も消え、罪も軽くなり、もうそれでいいと思っている男。僕は文学の糞拾い。拾ったものは「文学の糞から生まれたような男」という気のきいたセンテンス。拾った場所は太宰治の『晩年』。

さらに、性懲りもなく密かに拾い続ける……

(芥川竜之介「猿」)
「猿は懲罰を許されても、人間は許されませんから。」

除夜の鐘に、煩悩という衣を剥ぎ取られむき出しにされた罪たちを、去り行く年に捨てていこうとする無責任な日本人たち。
(1983/12/31)
 

《1983年12月26日のノート》

 
「わが友、読者よ!
 君なくば、
 我はそも何ぞ!
 感ずるところみな独りごとに終わり、
 わが喜びもことばを知らず。」
(「作者」ゲーテ)

独りごと。恋でもしたら、ゲーテの恋の詩(うた)でも読もうか。
やがて父となるようなことがあったとして、そして子供が死んでしまうというような災いに見舞われたならば、「魔王」を読んで悲しみに浸るのだ。
老いてなお気力が残っていたら、「真夜中に」を傍らにおいてまどろむのはどうだろう。
そうして、本当に孤独になった時、君は「竪琴弾き」に何かを思うのだろうか。
しかし、今の僕ときたら、結局何者でも無いから、だからきっと、何も感じないのだ。

ゲーテの逆説と機知。その豊富さ。だが…
「いつも変わらなくてこそ、ほんとの愛だ」といい…
「移ろいやすいものだけを美しくしたのだ」というならば…
美しいものを美しいが故に愛するのは偽りの愛なのか。

ゲーテの多情は矛盾の異名。その全てひとつひとつがゲーテ。
つまり…
「かの一なるもの永遠にして、多に分かたる、
 しかも一にして、永遠に唯一つなり。
 一の中に多を見出だし、多を一のごとく感ぜよ。
 さらば、芸術の初めと終りを会得せん。」

「ともあれかくもあれ、人生はよい!」
そうなのか? 本当に。
(1983/12/26)
 

《83/12/24のノート》

 
何となくパチンコ屋に入った。「軍艦マーチ」ではなく「聖しこの夜」が流れていた。
何故だか、やけについた。出た玉を全部チョコレートに交換してみた。僕は甘いものが、それも特にチョコレートが大の苦手だというのに。
あてのないサンタクロース。大量のチョコレート、袋は重く、足取りも重く……。
(1983/12/24)
 

《1983年12月17日のノート》

 
美的に語る…それが語ることにおいて理性に手を借りるとしても、理性によって美を弁護することであってはならない。例えばラディゲは、決して自己弁護をしようとも、嘘をつこうともしていないからこそ美的なのだ。

例えば〈不倫の恋を美しく語る〉
理性に勝った感情に就いて、理性はただ冷静に眺めるのみである。

しかし、それがいったい何になるのだろう……
(1983/12/17)
 

《1983年12月8日のノート》

 
「アルメ」ではなさそうか、この僕は?
(アルメであるとでも言いたげだ)
ランボーの名訳をいくら読んでも、ランボーは決してやってはこない。
(カントの名訳なら、カントにお会いできるのでしょうか)
さて……
ランボーの、「永遠」と訳された詩が、気に掛かっている。
(それがどうしたのさ)
芝居をしたいんだ、普通のさ。
(できるのか、お前に、そんなものが。)
今日は変につっかかる。
(ランボーの仕業。)
いやだね、とにかくこのホテルのベッドはさ。
(だって仕事はどうするの)
(1983/12/8)
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