社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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《1984年4月30日のノート》

 
ここ数日、書きたくて書きたくてしかたがなかった。でも書けなかった。あの時のように書いてしまって、そして僕を苦しめる想念を屍にしてしまうことが唯一救われる道だったのに、もう取り返しがつかない。書かれるはずだった事どもは、すでに無意識の領域に沈澱してしまって手が届かない。書けなかった理由さえ、今ではさっぱりわからない。生きながらえてしまった想念たちは、癌細胞のようにやがて僕を苦しめることになるのだろう。
 

《1984年4月25日のノート》

 
理論の厳密性に拘るか、その脚枷を外して奔放な表現に遊ぶか、僕はそんなくだらない選択をする事に躍起になっている。本当はもっと大切なことがあるのに、何故か僕は恐れている。

 

《1984年4月19日のノート》

 
坂口安吾「堕落論」。
「特攻隊の勇士はただ幻影であるにすぎず、人間の歴史は闇屋となるところから始まるのではないのか。」
「人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。」
「他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。」

安吾は、何のために堕ちようとしているのか。既存の幻想を蔑み、新たな幻想の構築のためにか。
阿呆らしい。

今から単純なことを言う。単純なことを言わせるのは安吾の所為だ。
問題は、社会的幻想と個人の幻想の混同。個人の幻想は許そう。だが、自分の信じていたものが所詮幻想でしかないと気づいてしまった個人は、いったいどうするのか。彼らは安吾ではない。安吾の堕落は予定調和だ。自分自身の幻想をあみ出せというのはいい。だが、それが何故武士道やら天皇やらなのか、丹精な和服を着込んで、堕落しようとする安吾に反吐が出る。

自分の信じていたものが所詮幻想でしかないと気づいてしまった個人とは、信じることが幻想以外にはあり得ないということを知ってしまった人間である。彼らは、安吾のように自分を許すことはしない。

しかし、結局個人の問題か。人のことなど知ったことではないということか。ひとりの青年が生活不能者になったとしても、他人は誰も見向きもしない。
不能者は、堕落から復活した安吾たちに喰ってかかる。
「お前の天皇は、幻想に過ぎない」
虚しい遠吠え、社会の迷惑、殴られても文句は言えない。

もう一つ。
人は、「信念=幻想」を持って人を殴る。そういう人間を罰する基準は何なのか。それには、社会的幻想が必要なのである。

そして、僕が罪を犯さないでいる理由。出所のわからない、背後からの視線。たとえそれと同じものを、他人が「倫理」だとか「良心」だとか呼んでいるものだとしても。
(1984/4/19)
 

《1984年4月18日のノート》

 
町へ出る。そして「遊戯」する。
だが、その現実の局面に於いて、どう我々は行為を選び取っていけばよいというのか。全ての行為を「遊戯」だと嘯くなら、殺人行為も「遊戯」の概念の中で拡散していく。もし「殺人」さえ「賭け」だと、なおも言い張るのならば、僕は永遠に蹲っていてよいと思うのだ。
(1984/4/18)
 

《1984年4月15日のノート》

 
シーシュポスは、いつ果てるともない作業を繰り返す。目的のない絶望的な行為、それと比べてしまえば、「恩讐の彼方に」の市九郎のやる仕事など、さほどでもなく思えてくる。中途半端という物足りなさ。戯曲の「恩讐の彼方に」では感じなかったことを、小説の形式で読んだらそう感じたのは何故なのか。
言葉が全く存在しなくても、舞台は成立するのかもしれない。しかし小説は、言葉を並べること以外に方法を持たない。沈黙を表現したい時、俳優は言葉を放棄して黙っていることも出来るが、小説家には無言は許されない。とりあえず、「沈黙」、と言葉を書き落としてみる。すると途端に沈黙は破られてしまう。厳密を欲する小説家が失われた沈黙を取り戻す為には、言葉を洪水のように垂れ流すより他に、もはや手段を持たない。沈黙は言葉の喧騒によってしか表現しえないものとなる。しかし、完全なる沈黙を手にいれることは、永遠に不可能なのだ。
だとすれば、例えば「シーシュポスの神話」を、小説の過剰な言葉によって想起させられるということを、どう理解すればいいのだろう。敢えていうならば、「不条理」などという概念によって「発見させられてしまった」状況とは、実は幻想であって、本来の人間の生活とは全く没交渉の空虚な概念ではないのか。しかし、これも所詮言葉の遊びである。
言葉の合理性は、ややもすると、その時の正確な思いや感じ方を無視して勝手に離れていく。
それを引き戻すのに、やっきである。

それと同じことなのかどうか分からないのだが、坂口安吾の文体の姿が、その内容と、ちっともそぐわない。坂口安吾の文体はあまりにも整いすぎていて乱れない。揺れない。それが「俗悪なるものの極点」なら、あまりにもつまらない。彼は堕ちたのではなく、昇天したのではないかと疑う。仮に行き着くところが同じなのだとしても、安吾は、俗悪なるものにまみれていない。それが、文体に出る。

だが、実の気持ちが極点で揺れていると、きっと文章など書けない。もしかすると、実の気持ちが極点で揺れているから、揺れぬ言葉しか書けないのかもしれない。揺れぬ言葉だけが、実の揺れている自分を救う唯一の手段なのかもしれない。しかし、であるとするなら、小説の言葉は真実を伝えないし、自分を真に救ってくれることもない。
宗教によって救われることを「よし」とするなら、宗教による救済が真の救済だというなら、それはまた別のはなしだが。
(1984/4/15)

 

《1984年4月14日のノート》

 
「ああかかる日のかかるひととき」

美しさとはこんなものなのかもしれない。梶井基次郎「城のある町にて」。芥川のような構成もない。太宰のようなあけすけな叫びもない。鴎外のような教化もない。小説一般の物語もここにはない。あるのはただ……

「町の屋根からは煙。遠い山からは蜩。」
(1984/4/14)

 

《1984年4月13日のノート》

 
菊池寛の「忠直卿行状記」。
悪くないと、素直に思ってしまう。僕の中に巣食っている「俗」という質について考える。そしてその扱いに困っている。
「弱者の糧」で、太宰は言う。「芸術よりも、おしるこに感謝したい時がある」と、その時とは、「心の弱っている時」、「敗れてしまった時」だと。
僕はおしるこに感謝したことがない。それは、〈本当に〉心が弱ったことも、〈正しく〉敗れたこともないということか。それでいて僕は、いつでも、おしるこも悪くないと思っている。

太宰治の「秋風記」、それは例えばドストエフスキーに比ぶべくもなく、おしるこのように甘いけれども、しかし僕は、つらく切ない一篇の詩を詠むように、涙している。
(1984/4/13)

 

《1984年4月10日のノート》

 
瞑想しない女。号令しない女。創造しない女。
観念の女と、現実の女。

真の女を描けない作家は……、美しい無知。
(1984/4/10)
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