社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

RSS     Archives
 

スポンサーサイト

 
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
 

《1984年6月30日のノート》

 
遠くが霞んで見える。だからきっと確かに夏なのだろうが、今日の雲は夏の形状ではない。といって春のそれでもない。こんなことが気になる自分が不思議だ。

「そうだ、声が似ているのだ」
そう気付いたのは昨夜寝床に入ってからだった。

そのせいだろうか。去っていった人々、去っていこうとする人々、彼らの事を書こうと思っていたのだ。それは、より重要な事に思えたのだ。だがそれは誠実でないような気がして、結局のところ放棄してしまった。確かに、近ごろ僕は「誠実」ということにひどくとらえられている。

岐路があった、こんな物の言い方が僕自身の思考を硬化させてしまうのを恐れて、つまり、だから「重要な事」を放棄したのだとも言えるのだが。

ともかく、ほとんどの人間関係が事務的になっている。
(1984/6/30)
スポンサーサイト
 

《1984年6月28日のノート》

 
このまま何も無くなってしまいそう……
それは不安なのだろうか。
「だからさ、何もなかったのだよ」
なのに無責任に吐き出した言葉の数々。そいつらが、重さと体積をもってこの空間のどこかに、いまだ沈澱せずに漂っているらしい。思わず大声が出る。その余韻がまた僕を苦しめる。

要は「答える」ことではなく「始める」ことだったのだ。「自由」とは過去の自己を捨てる勇気のことだったのだ。

断片と全体。それに就いて思うことあった。表現の問題であった。考えているうちに、表現の問題ではなくなった。僕の生活の(精神生活の)一断片に、どう僕の全精神と全肉体を関係づけていくか……、ばからしいというか何というか、そういうこだわり方自体が、なにか誠意のないことのように思えて、もっと単純である「べき」だという気もして。つまり、今の僕の感情に僕の全てを賭ける、それが「誠意」なのか、そうだとしても、そこから始まる展開が結局「誠意」から遠くならざるをえなくなるだろうと……
ああ、僕の「気分」と、ずいぶんとズレてきた……

そしてその「ズレ」がまた違う思いを呼び起こす。
「誠意」の意味に就いて。
(1984/6/28)
 

《1984年6月25日のノート》

 
形而上の諸問題に、完全なる死生観と宇宙観をもって解決を与えたとしても、この不可解なアンニュイは無くなりそうもない。形而上学の不可能がもたらす懐疑主義的アンニュイ、そんな高尚なものではありませんて。もっと俗、俗すぎて頭が痛くなる。

昨日は一行も書見いたさなんだ。いい芝居したいんだよ、つまるところさ。
阿呆。センチなアンニュイから表現など生まれるか。要は意志の問題。
おもわずため息をして「こんなこと書きたかったんじゃないんだが」
石川淳はペンで考える。それがどうした。つまりね……、知るか、そんなこと。
「アーでもネー、コーでもネー」とは、誰かさんの口癖。

そうして僕は薄笑いを浮かべてみる。冗談を言ってみる。だが、僕の横隔膜はいつもよりちょっと上の方で硬直している。

何となく……
実はこいつが一番のくせ者で、むしろ大いなる悲劇にみまわれちまったほうが楽なのである。太宰治はそのことをよく知っていた。
(1984/6/25)
 

《1984年6月24日のノート》

 
ごめんなさい
という
後悔の
言葉。
(1984/6/24)
 

《1984年6月20日のノート》

 
太宰治「フォスフォレッセンス」より。

現実家が着飾った娘を凝視して言う。
「まあ綺麗。お前、そのまま王子様のところへでもお嫁に行けるよ。」
夢想家が焦点の合わぬ視線を遠くの雲に向けながら答える。
「あら、母さん、それは夢よ」

これだけで十分だったのに、太宰は注釈を入れた。

「夢は、れいのフロイド先生のお説にしたがえば、この現実世界からすべて暗示を受けているものなのだそうであるが、しかしそれは、母と娘は同じものだという暴論のようにも私には思われる。」

フォスフォレッセンスという架空の花の名の意味を探っても無駄である。それは太宰の罠である。ましてや「フロイド」に到っては……。
「フロイド」は架空でないから性質が悪い。
(1984/6/20)
 

《1984年6月19日のノート》

 
太宰治の「男女同権」という小説。
如何にダメな男であるか、日本で何人と数えられるほどダメな男ではなかろうか、という事に就いて問題にされた詩人の代表作は、「われ、あまりに愚かしければ、詐欺師もかえって銭を与う」。
その詩人、「こぞの道徳いまいずこ」なる詩集を出版して、一ぺんで完全にダメになる。
「ダメのまた下のダメという謂わば『ほんものの』ダメ、という事になりまして」失脚した男の話。

どうだ、参ったか。笑うか。むせび泣くか。
(1984/6/19)
 

《1984年6月18日のノート》

 
個人から関係へ。
心理学から社会学へ。
そういう展開がなんとも絶望的な気がして。

「希望」という言葉が存在するという事の絶望感。

太宰治の「舌切雀」。
「かえらぬ昔の夢を、未来の希望と置きかえて、そうしてご自身を慰めているんだわ」
(1984/6/18)
 

《1984年6月17日のノート》

 
出雲の国には松の木がよく似合う。
冗談ではない。
笑っちゃいけない。
伝統を馬鹿にしちゃいけない。
などと、僕はいったい誰に向かって何のために弁解しているのだろう。
(1984/6/17)
 

《1984年6月15日のノート》

 
頭の中で、名前のはっきりしない何かが駆け回っている。言葉よりも前に何かがある。言葉を発したがる何かの観念が確かにあるのだが、しかし適切な記号を見付けて配列する忍耐力がない。それでも安易に語ろうとすると、今度は対象のはっきりしない見慣れた言葉が、手垢に塗れた積み木のように並ぶだけだ。

「私の頭の中に何か混沌たるものがあって、それがはっきりした形をとりたがるのです。」
(芥川龍之介「はっきりした形をとるために」)

僕の気持ちを蒸し返さずに考えてみること。記憶は所詮記憶に過ぎない。過去の僕の言葉を使わずに、そして新しく配列してみること。あえてそうしてみること。
(1984/6/15)
 

《1984年6月13日のノート》

 
課題―「腕力について」
(1984/6/13)
 

《1984年6月12日のノート》

 
ポーも、ランボーも、ボードレールも、それからゲーテも、みんな若い時に恋の詩をうたった。
もちろんバイロンだってそうなのだが、しかしバイロンの恋の詩には、他の詩人たちの詩にはあるような、高揚した苦悩といったものがない。そのかわり、静かなる悲観のようなものがある。
だからバイロンの恋の詩は、時々暖かく、そして嬉しいのである。

そしてバイロンは、その晩年まで恋の詩を書き続けたのである。
(1984/6/12)
 

《1984年6月11日のノート》

 
茅野から上田に抜ける県道、白樺湖が近づくにつれ、やがて辺り一面緑の景観となる。この緑はもはや春の明るい少年の緑ではない。梅雨曇りのどんよりした天気のせいでそう見えるのか、いや、この成熟した濃い緑は、これらの木々の葉そのものの属性であって、日の光の量とは無関係だと思われた。むしろ晴れていれば、この緑の深さはより強調されるちがいない。これは6月初旬のまだまだ寒い高原の、露骨過ぎるほどの夏の気配だ。

するとどうだろう。そんなふうに夏を確信してしまうと、今度はその夏の中にすでに秋が潜んでいるのが気になりだした。秋ハ夏ト同時ニヤッテクルと太宰は言ったが、夏のたんなる気配の中にも秋を感じるということは、夏というものの中に離れがたく秋が含まれているということらしい。つまり僕は、僕の心情などというあやふやなものにこの秋の原因を求めたくないのである。

「秋ニナルト、肌ガカワイテ、ナツカシイワネ」
「飛行機ハ、秋ガ一バンイイデスヨ」
(「ア、秋」太宰治)
(1984/6/11)
 

《1984年6月2日のノート》

 
借り物でもいい、どっかで「信念」らしきものを見つけてこないと、結末のある芝居など何ひとつ書けそうにない。
芥川龍之介は「あの頃の自分の事」についてこう書いている。「(久米の)煽動によって、人工的にインスピレエションを製造する機会がなかったなら、生涯一介の読書子たるに満足して、小説なぞ書かなかったかもしれない」。
だからといって嘘っぱちの「信念」をでっちあげるつもりもない。それにしても何故僕は芝居でなければならないのだろう。

宇野浩二が発狂したと芥川は信じた。
「今の世にヒステリーのないような人間は馬鹿か無神経かだ」
そう言って芥川は、宇野が精神科の病棟に居る間に自殺した。
宇野は退院して「枯木のある風景」を書いた。
「頭ばかり大きくなって、それをささえる肉体が、頭が大きくなればなる程、しだいしだいに痩せ細って行って、遂に大きな手だけが残って、その肉体がすうっと幽霊のやうに消えてしまった。」
幽霊のように消えたのは宇野ではない。彼は消えずにすんだのだから。
宇野はやがて芥川論を著した。はたして宇野浩二は芥川竜之介の死を解釈し得たのか。

だんな、あたしゃ旅といやあ、行きの汽車の中が好きでねえ。窓際に座って酒をちびちびやりながら外の風景を眺める、ありゃいいもんです。ところがね、目的地が近づいてくるとだんだん憂欝になってくるんでさあ。汽車から降り立って街の空気に触れた途端にめまいがする。気分は沈みきっちまう。なんでだってお聞きになるんですか。つまりね、だんな、あたしゃね、人生を降りちまってるんでさあ。
それなのにどうしてあんな事したのかって? その意味を知りたいとおっしゃる。さて、困りました。何の意味もねえんです。何の喩でもない。おかしな言い方かもしれませんが、言ってみりゃ、象徴なんです。象徴ってやつは、そっくりそのまんまで受け取ってもらわなくちゃいけない。その後は、あたしとだんなの想像する力の問題ってことで、これも少し説明的すぎますかねえ。
(1984/6/2)
プロフィール

Author:urashachoo
FC2ブログへようこそ!





ツリータグリスト

カレンダー
05 | 1984/06 | 07
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30


来訪者

検索フォーム

RSSリンクの表示


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。