社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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《1984年10月30日のノート》

 
寒かったのかもしれない。その晩、雪の夢を見たのだ。それは淡い、淡い雪だった。

「どうでもいい……」

けっして投げやりなのではなく、これは純白の雪の効用なのだ。うっすらと積もった雪の絨毯の彼方に、僕を待ちながら立ち尽くす女がいる。女……、それは「ひと」と読む、演歌のように、「ひと」と読む。

雪よ、もっと降れ、もっともっと降り積もれ。街も人も、全てを純白に埋め尽くせ。
(1984/10/30)
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《1984年10月19日のノート》

 
構造ばやり。構造を解明して、それだけで満足している文化人がうじゃうじゃいる。
A君とB君がけんかをしているのはこういうわけなんですよ。
それがどうした、ちったあケンカを止める努力をしろ。
雨漏りの原因を講釈している暇があったら、とっとと梯子かけて屋根にでも登れ。
首が重い。不快。この不快感が治らなきゃ、首の構造がいくらわかったって意味なしだ。
何が批判の学だ。批判する対象の中に自分が含まれていることを忘れてやがる。構造とやらの網の目に引っ掛かっている醜い自分を発見するには、高性能の感受性が必要なんだ。
ちょっと書いては首を振り、おかげで目が回ってきちまった。まるで壊れた扇風機。働いている奴が休む、働かない奴はサボる。壊れた扇風機は休んでいるのかサボっているのか。あー無っ茶苦茶。
(1984/10/19)
 

《1984年10月9日のノート》

 
今夜どこかで会おうと、ずっと前にAと約束してあった。彼女からの電話で会う場所を決めることになっていたが、それが断りの電話になった。

おとといのこと。
三人とも黙っていた。少なくとも僕にとっては、沈黙は苦痛ではなかった。何も考えてはいなかったが、空虚でもなかった。
「つまんないでしょ、あたしたちと飲んでも。」Aがぽつりと言う。
「そんなことはない。」と、僕は正直に答えた。
「こいつは、いろいろ考えてるんだよ。」と、あいつが言う。
「いや、それも違う。」
「そう言うと思った。わかってて言ったんだよ。」
〈相変わらず、おまえはいつもそうやって俺を利用する〉
僕はトイレにたった。そして放尿しながら考えた。
〈あいつの沈黙も空虚ではなかったということか。つまり、あいつと俺とは似通った場所にいたという訳だ。ことさら何も無いが、それでいて空虚でもない場所。空気のようなものだが、空気を感じているわけではない。しかし理屈で空気の存在を理解してしまっているという絶望感。男の理屈。辛いのは結局彼女なのだ。女は、きっといつだって具体的な場所で悩んでいる。女にとって、空気は理屈ではない。〉

彼女としては大声で僕に愚痴りたいこともあったのだろうが、おととい、ひょんなことで三人で飲むことになってしまって、もしかしたらその時の僕の沈黙が、すっかり彼女の気分を萎えさせたのかもしれない。結局、あんたもあっち側の人なのねというふうに。
僕は女ではないので、半分くらいは当たっている。
(1984/10/9)

 

《1984年10月6日のノート》

 
「芝居の楽日と兄の結婚式とが重なってるんです。両親は当然私が兄の結婚式に出ると思い込んでます。兄の結婚式に妹が出席しないなんてそんな非常識なこと、彼らにはとても考えられないらしい。でも、私には楽の日に劇場に手伝いに行かないことのほうが考えられない。私の価値観と彼らの価値観が全然違うんです。私、結婚式なんて意味無いと思うんです。」

初日の芝居の後、待っていて欲しい、相談したいことがあるから、電話でそう言われて気やすく承諾してしまったのを、僕は少しばかり後悔し始めた。僕は、彼女が自分の父や母のことを「彼ら」と呼ぶのをはじめて聞いた。その硬質な違和感。
「そうかな。君の兄さんたちにとっては、結婚式、とても大切なんじゃないの」
「常識家なんですね」
「あのさ、どうして芝居は必要なの? 結婚式が無意味というなら、芝居なんかもっと無意味じゃないかね」
僕と同様、彼女ももうこの話題に殆ど興味を失っているようだった。
「毎日毎日同じ事の繰り返し、だから人間はさ、たまに芝居でも観て、それで非日常というやつを経験して元気を取り戻すんだ。祭りの代用みたいなもんだ。結婚式もおんなじ事さ。人生は単調だ。だから結婚する二人には、せめて結婚式っていうお祭りが、人生の区切りとしてどうしたって必要なんだ。祭りとしちゃあ、芝居なんかよりはるかに結婚式のほうが重要じゃないかね。」
なんで僕はこんな心にもないことをしゃべっているのだろう。
「こんな事私が言ったらどう思われるか、とっても不安なんですけれど……」
そう前置きして彼女は話し始めた。不意に現れた深み。それは予期していなかったわけでもないのだが。彼女は何を言っているのか。羅列された無意味な記号、訝しがる僕の目に、戸惑いながらもなお発せられる彼女の言葉を僕は一言も理解することができない。だが、僕は全てを理解した。
「わかりますか、私の言っている意味。」
「よくわからない。」
「これでわかって欲しかったんですけど。」
「俺、常識家かね。」
「そう思います。」
「非常識なことを言うが、今晩泊めて欲しい。」

彼女がうちの劇団を抜けてからもうどのくらいたったのだろう。やりがいのある芝居がしたいのだと、彼女は新しい劇団を選んだ。居酒屋でアルバイトを始めた。短めの髪をさらに短く切り、うっすらとしていた化粧もやめた。そしてごく最近、親の家を出て劇場の近くに部屋を借りたのだという。それからなのかもしれない、彼女が両親を「彼ら」と呼ぶようになったのは。

「ずっと悩んでいました。」
寝具一式の他は文字通り何もない部屋。深夜の静寂の中に落ちてゆく彼女の呟きと息づかい、「あなた…」、その硬質な違和感。
僕は勃起していたのか。ただ射精能力の無いことを僕は確信していた。だからこそ、平然とここまでやってこられたのだが、彼女にとってはそれは侮辱だったのか。

これが大江健三郎の言う「愛」でもなく「欲望」でもない「勃起」というやつか。
〈性器が勃起するということは、がいして生理的な側面のできごとにすぎない。勃起した性器を射精にまでみちびくこと、それは精神にかかわる人間的な作業だ〉
なるほど奴の言うとおりだ。意志がなけりゃ始末がつけられないという訳だ。まして侮辱などできるわけがない。俺は酔っているだけのことだ。

彼女の思い切った決意、こうまでして外したい足枷とはいったい何なのか。意志というものを持たないこの僕に、彼女は何を期待しているのか。
「君、素敵なのにね、今までなんにも無かったなんて、どうしてだろう。」
「性格です。私、コンプレックスがあるから。」
「そんなの、性格とはいわない。」
彼女の皮膚はすっかり乾いていた。それは何者とも無関係のようだった。
「そういえば、お兄さん、結婚するんだな。」
彼女は黙っていた。頑なに、何者とも無関係であるというように、ただ彼女は黙っていた。
(1984/10/6)
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