社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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《1984年11月7日のノート》

 
「仰臥漫録」……。
「理屈づめ」と「同感同情」。
だが理屈で考えるべきこともある。正しいことを正しいと云い、間違いは間違いと云う。そういう事柄に人情を持ち出すのは如何なものか。
しかし、病人だとか老人だとか、あるいは例えば、忘れがたき女だとか。
弱い人間を傷つけるような正しさとは一体どういう正しさか。弱くない人間などいるのだろうかなどという混ぜっ返しはやめるにしても。
考えて反省して、顧みて反省して、物分かりのいい、人の好い人物になって、そして穏やかな微笑みをたたえて、やがて僕の周りは、天気の話しか交わせない人々だけになる。極端なはなし。それでも誰もいなくなるよりはよっぽどましなのか。

「生命を売物にしたるは卑し」と書いた子規の、「食ひながら時々涙ぐむ」というような日記を、その死後に文庫本に編纂して多くの人に読ませるとは如何なものか。
卑しいものを人は喜ぶ。坂口安吾はこの「仰臥漫録」を読んで大いに笑ったとか、本当だかどうだか知らないけれど。確かに泣くのは嘘っぽいし、泣けないのなら笑うしかないような気もするし、要するに、そういうものだから、きっと卑しいのだ。
気楽に他人の〈死〉を覗き見て、それで何がわかるのか。
〈死〉は、人智の及ぶところにはない、つまり「朧」なのだ。
「大仏の目には吾等も朧かな」……
大仏だから「朧」なのではなく、大仏でさえも「朧」なのだ。なんとも救われない。

僕は、安吾ではない。僕は淋しげな微笑みをたたえて、「仰臥漫録」を読み終える。
(1984/11/7)
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《1984年11月6日のノート》

 
(大江健三郎「われらの時代」)
「人間は友情とともに孤独であることができる。孤独な自由の城を守りつづけることが友情の保持にとって最良の条件であることさえある。しかし人間は連帯する時、孤独であることはできない。かれは連帯した時、孤独と自由とを放棄する。かれはおのれの孤独の城の門を開く、そしてかれ独りの自由はうしなわれる。友情には勇気が必要でないが、連帯には絶望的な勇気が要求される」

思い出。否が応でも相手の中に自分が残ってしまうのだと、フトそう思った。そう思ったら、何故かとてもつらかった。
(1984/11/6)
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Author:urashachoo
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