社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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《1984年12月29日のノート》

 
理解させることではなく
感動させることである。
それには、「力」が必要なのである。
(1984/12/29)
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《1984年12月28日のノート》

 
日本は、ナチスと同盟を組んだのである。ナチスに苦しめられたヨーロッパの国々から、その日本はどのように見えているのか。
「広島、わが愛」では、被爆国日本に、被害者のイメージが重ねられていく。だから、アメリカに配慮して、フランスはカンヌへの出品をためらった。
フランス人、アラン・レネが描いた「ヒロシマ」。原題は“Hiroshima, mon amour”

アジアでは、日本は徹底的に加害者である。だがそれに異を唱える者たちが蠢く。
つまり、「加害者」と「被害者」という二重性は、単純な地理的要因で理解できるはずもなく、もっと曖昧に、加害者としての日本と、被害者としての日本が絡み合っている。

だが「広島、わが愛」は、日本での公開時、その邦題を「二十四時間の情事」に変更される。結局のところ、“Hiroshima, mon amour”において、「加害者」も「被害者」も、何の意味もないのだ。描かれていたのは、「加害」とか「被害」とかという概念を超えた「虚空」と「人間」との関係なのだ。

日本人は、なぜこの虚空を描くことができないのだろう。
「レトナ通りにて」を読んで、またそう思ったのである。
(1984/12/28)
 

《1984年12月26日のノート》

 
どこの町内にも、煙草屋の一軒や二軒はあるものだ。それほど儲る商売ではないが、一年中平均して需要のある安定した商売だから、やめる人はなかなかいない。けれど何軒あってもいいというような店ではないし、それほど儲る商売でもないのだから、古い店と競合してまで新しく開店しようなどという物好きはいない。だから、たいがい町内の煙草屋は、古くから同じ場所でずっと煙草屋なのである。

そして、どこの町内の煙草屋も、たいがい店先には〈ばあさん〉が座っている。それほど儲らないのだから、〈ばあさん〉が座っているくらいが丁度よいのである。当の〈ばあさん〉も、それで結構ヒマつぶしになっているのだから、それでいいのである。
「田中さん」とか「山田さん」の家がわからなかったら、この〈ばあさん〉に聞くに限るのである。八百屋で聞いてもいいようなものだが、八百屋のお店の人は、いつも忙しそうにしている。本当に忙しいのかどうかはわからないが、八百屋や魚屋の店番にとっては、忙しそうにするのも仕事なのである。粋がいいというのも売りものなのだから。店の人がヒマそうにしていると、なんとなく商品が古そうに感じられて、買うほうは買う気がしなくなる。八百屋や魚屋の店員に、あんまり〈ばあさん〉がいないのはそのせいである。

それにだ。野菜や肉を買いたいわけではなく、ただ道を尋ねたいだけなのに、「すいません」と声を掛けたら、すかさず「へい、いらっしゃい!」などと言われると、「ちっょと道を」とは言い出しにくい。露骨にいやな顔をされる場合だってある。それではこっちだって気分が悪い。その点、煙草屋の〈ばあさん〉は一日中ヒマつぶしに店先に座っているのだから、むしろ喜んで教えてくれるのだ。道を聞くだけでは申し訳ないと思う人は、煙草くらい買ってやればよい。安いし、腐るものではないし、煙草を吸う人ならば、一箱くらいの煙草なら、ちょっとポケットが膨れてうっとうしいのを我慢すれば、決して無駄になるものではないのだから。キャベツやサンマではこうはいかない。時間にゆとりがあるならば、「田中さんのところのお孫さんは…」などという〈ばあさん〉の話を、ちょいと真顔で聞いてあげればいい。それはとっても良いことだ。その上きっと、5回くらい「ありがとうございました」と頭を下げられるに違いない。

そんなこんなで、「道を聞くなら煙草屋で」という文化コードが成立したのである。
だが悲しいかな、今や〈ばあさん〉が店番をしている典型的な煙草屋が少なくなってきた。核家族化した現代では、〈ばあさん〉の多くは一人で住んでいる。(相方である〈じいさん〉は、平均寿命の関係でもうこの世にはいない。)いくらヒマつぶしの店番とはいえ、例えば少しは息子夫婦の生活の足しになっているとか、孫に小遣いをくれてやれるとかいうような甲斐がなければ、〈ばあさん〉だってやる気が激減するというものである。
希に子供たちと一緒に暮らせる幸せな〈煙草屋のばあさん〉がいたとしても、やはりその前途には、暗雲が垂れ込めているのだ。

最近、24時間営業のコンビニエンス・ストアが増え、そこでも煙草が売られている。おかげでただでさえ利益の少ない商売がさらに儲らなくなってしまったから、〈ばあさん〉の息子とすれば、そんな商売のためにいつもそれとなく店先から家の中を覗かれたり、何となく商売の関係で家の中が雑然としていたり、そんな落ち着かない生活を我慢してまで薄利の煙草屋を続けようという気にはならないのだ。それよりも、今まで商売に割かれていたスペースを、家族のために(といっても、その中にはヒマつぶしの楽しみを奪われる哀れな〈ばあさん〉は含まれていないのだが、)もっと有意義に使いたいという気持ちになるのも分からないではない。
さらに、こうした流れを加速させるものがある。〈ばあさん〉にとっての最大の敵、それは自動販売機の普及である。こいつらは、当然のことながら道を教えることは出来ないが、こと煙草を売ることに関しては、はるかに〈ばあさん〉より秀れているのだ。ああ〈煙草屋のばあさん〉の運命や如何に!

そんなこんなの状況であるにもかかわらず、「道を聞くなら煙草屋で」という文化コードは、依然として残っているらしい。僕は今日、道を聞こうと煙草屋を探しているうちに、目的地を通り越してしまった。そのことに暫く気付かずに、約束した時間に遅刻してしまったのである。
(1984/12/26)
 

《1984年12月4日のノート》

 
嫌いな人間はいないのかと問うたら、怒っている人が嫌いとあの子は答えた。
怒っている時のあなたが嫌いとあの子は言った。
親が嫌いとあの子は言って、離れれば、きっと好きになれると家を出た。

嫌いな人がいるということの悲しさを、あなたは知っているのでしょうか…

「ああいう人間が嫌いなのだ」と、そんなふうに言ってしまえる人たちは、人を嫌いになるということの、その本当の悲しさを、少しもわかっていないのだと、そうあの子に教えられたのだ。

どこかに隠れて息を潜めたのは誰だろう。
(1984/12/4)
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