社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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《1985年9月18日のノート》

 
さて、何を書こう…
「陰陽の和する所」。花伝書の一節。
起承転結か、序破急か、単なる作劇法なら面白くもなんともないが、2か3かという比較は、妙に創造力を刺激する。
ただ、それだけのこと。

何を書くのだ、何でもいい…
観客によって舞台が変わる。それはそうだが、観客に変えられたとは思わない。主体はいつもこちら側にある。しかし、どこかの誰かのように、「きっちり提示すること、それしかない」などという気もない。観客によって変わることを僕は100%受け入れる。というより、観客によって変わるという状況は、成功の絶対条件でさえある。ただ、事件の首謀者は、いつだってこちらなのだと言いたいだけだ。
「きっちり提示すること」、一見誠実なようだが、極めて自己中心的なのだ。彼にはダイナミズムが見えていない。うごめく影のような、予想だにしない何かを受け入れることを、彼はきっと恐れている。あえて言えば、「きっちり提示すること」は、自己中心的なコミュニケーションに陥っていく。
だが、これには補足説明が必要だ。「自己中心的ではない」とは、「わかりやすい」ということでは決してない。重要なのは、楽しめるか否かだ。どんなにわかりやすくとも、おもしろくなければ無価値である。小此木啓吾がどこかに書いていた。「自己中心的コミュニケーション」の人間の話は「おもしろくない」。
ならばおもしろければそれでいいのか。わかりやすいがおもしろくないはなしよりはよっぽどましだろう。ということは、わかりやすくておもしろいのが一番いいのか? ところが、そんなもの、ちっともおもしろくないのである。
きっと、ここのことが、彼には根本的に分かっていない。観客が、役者が、人が変わるということの本当の意味を、彼は理解していないのだ。
「本来より、よき、あしきとは、何をもて定むべきや。ただ時によりて、用足る物をばよき物とし、用足らぬをあしき物とす」。用足ることの意味を、馬鹿にしてはいけない。
「花」とは、実に深く、才能のない役者には絶望的な概念である。

興味のないことを書き綴っている…
大江健三郎の「性」、乾ききった自己中心的な妄想。「性」と「政治」、単純な図式。しかし悪文の「おかげ」なのか、こねくりまわされた大江の文章は極めて難解。だが僕は、それを麻薬のように読み続ける。何故か。自らが変わる可能性の萌芽を感じるから。
池田万寿夫の「性」は、なんともつまらない。
根本的な対立の上に成り立つ同化なのか、根本的な同化の上に成り立つ対立なのか、本来「性」とは、同化と対立の混合物なのである。出産が、一つの「死」と一つの「生」の合体であるように。

書くことがない。無理にひねくりだす想念が無価値であることは分かりすぎるほど分かっている…
「ありのままの自分と抵抗なしにあらわれてくる作品などに価値を見出す勇気はない。そういうものは人間の肉体や無意識同様、いとわしく汚ならしいものにちがいない。すくなくとも他者の精神の検討にあたいしない。」

「人間の条件」を読み始めた。
カントが、キリスト教に対して楽観的であったように、マルローもマルキシズムを必然としてその周りを巡るのか、あるいはキルケゴールが絶望的にキリスト教を選び取ったように、マルローはマルキシズムへと収束していくのか。

何も書かずに、今日を終える。(平賀23:00)

なぜ、アイヌのことを書こうとしない!
(1985/9/18)
 

《1985年9月17日のノート》

 
今日から秋田に入った。

「義務」という意識を、強迫的に持つことによって、辛うじて行為を選び取っている……、そんな印象を、目の前に放り出すように書いてみると、なんとも中身が抜けてしまって、不誠実だという気がする。おかしなことだ。誰に読ませるつもりもないのに、自己完結した行為なのに、何に対して不誠実だと感じるのか。だいたいが書かねばならぬなどと思うこと自体がおかしいのだ。
「強迫的」などと、心理を分析するようなことをするから、空っぽになってしまうのだ。心理学的分析を一切回避して、ひたすら論理的に考えるべき事柄がある。問題は、どうやって論理をエゴイズムから解放させるかである。まずはできるだけ大きな全体を準備して俯瞰する。そして今語ろうとしている論理にアクセントがあるかどうかを確認することだ。論理的に考えるべきテーマであると主張するだけのアクセントがあるかどうか、それ以上に強いアクセントを持った課題が、俯瞰した全体の中に存在しないかどうかを確認することが重要なのだ。

アイヌのことは明日。
(1985/9/17)
 

《1985年9月16日のノート》

 
さて何を書こう。書くことがたくさんあるような気がする。だが、書く気力が無い。

14日。二風谷へ入る。「アイヌの里」なのだという。
翌15日、札幌。北大にて萱野茂氏の講演を聞く。(その前の民族学の学者の話は面白かった。)
その夜、フェリーに乗り、翌朝青森着。日本海沿いに車を走らせ、途中八郎潟の男鹿半島を一周して秋田へ。宿に着いて、ひと風呂浴びて、そしてこれを書いている。

アイヌのこと、この僕自身のこと、今日は重い。だからそのことには触れずに、別のこと、徒然に書く。
さて。

天気よし、本州はやはり暖かい……
するとほら、つまらぬことしか書けない。書けば重くなりそうで、滅入る。

《神なくして、あらゆる権威なくして、個人的な幻想もなくして、それでもなお人間同士語り合うことができるのか》
それだけが今の僕の課題であるべきなのだ。そして、いつしかそんな時が来るという確信を持っていること。

《誠実であったことなど一度たりとも無かったのかもしれない、しかし誠実であろうとし続けてきたではないか》
その自信を失わぬこと。

ああ、結局自分のことを書いている。考えてみれば、それ以外に書くことなどない。
(1985/9/16)
 

《1985年9月12日のノート》

 
10日の、札幌の夜のこと。
今度のアイヌの芝居のことを記事にしてくれるというので、毎日新聞札幌支社の報道デスク某氏と会食。学生時代に、この劇団でアルバイトをしていたという縁。

「いいなあ、わかるなあ」、そう言っては彼は酒を注ぐ。こちらはまだ何もしゃべっていないのに、彼にはもうわかっているらしい。酔うほどに「お経」のように繰り返す。
「いいなあ、わかるなあ」。
何がいいのか、何がわかっているのか、こっちはちっとも判らない。よっぽど新聞社の仕事に不満でもあるのだろうか。男の得体の知れない思い込みが、僕らしかいない二階の座敷部屋に浮遊して、その場を支配している。

芝居に携わっているものに対しても、アイヌの問題に対しても、どことなく高みから見下ろしているようなところが彼にはある。現実を見ろというようなことを時々ブツブツほざくのだが、ならばその現実とは何かと丁重にお伺いしても、とっとと酔ってしまったその男は何も答えない。相手に伝える気があるのかないのか、内容のない言葉ばかりを連呼している。

「お前たちは雑魚だ」。
何を血迷ったのか、挙句に男は、なんの脈絡もなく、そんな事を言い出した。そして、今度はそれを連発し始めたのだ。

要は、ひどく酒癖の悪い男と酒宴をともにしてしまった不幸というだけのことなのかもしれない。しかし、それで済ましていいようなことなのだろうか。「雑魚」という言葉。終電車で泥酔したおっさんに絡まれたようなものだが、ここは終電車の車内ではない。初対面の相手に「雑魚」とは、酔態だからといって許される言葉ではないだろう。それまでは、惨めなコンプレックスでも抱えているのかなと、白けながらも同情していたのだが、ことここに到って、こういう男が新聞を通じて何かを発信しているということが、とても許せなくなってきた。妙な空気の中で飲んでいるから、こっちも妙な酔い方をしている。
「酔っ払いの戯言と我慢して聞いてやっていたが、もう限界だ。お前こそ雑魚だ。」
怒鳴ってしまって、こっちも結局雑魚に堕した。

11日の夜は浦河。三浦和義逮捕。民放全局あげての報道。まるで天下の一大事だというふうに。

アイヌのこと。
こう書いただけで気分が重い。やはり、どこかとても醒めている。毎日新聞の馬鹿記者との一件で、ますます萎えてきた。見なければいけない現実はたくさんあるに違いない。しかし、ああいう低劣な「現実」に、今後も煩わされていかなければならないのか。
解決すべき問題が、すべて現実をどう対処するかというだけなら、その現実が低劣であろうが上等であろうが関係はない。そしてそれは政治で解決すべき事柄であって、芝居の出番などそこにはない。現実を喧伝するために作られた芝居もあるのだろうが、それは芝居ではない、とういか芝居でなくても構わぬものだ。芝居が芝居であるためには、芝居でなければ伝えられないものを包含しているからだ。
ということはつまり、芝居に関わる者には、現実をいったん棚に上げて考えなければいけない課題があるはずなのである。そして役者である限り、俯瞰した場所からそれを考え始めようとしてはならない。今ある自らの地点から、出発しなければならないのである。

僕の気分がちっとも高揚していかない原因が、ここにある。

「真理」とは、全ての個に共通したものであるべきだ。言い換えれば、そうでなければ、それは「真理」ではないということだ。ならば「真理」とは何か。現実にその発見が可能であるかどうかは関係がない。現実は、棚に上げている。重要なことは「真理」とは何かと問い続けることだ。
「真理」は宗教だけのものではない。人は哲学する存在である。哲学もまた「真理」を扱う。だから宗教も哲学だが、「民衆」の前では、宗教と哲学は、全く違った相貌を現す。宗教は、「私たちの真理」が苦しむ人々を救うのだと言って君たちを誘う。だが哲学は、君を苦しめる。苦しみたくなければ、君は哲学になどには近づかぬ方がいい。安心していい。君を哲学の世界に誘うものは誰もいない。

僕は、現実を忘れ、「真理」というインターナショナルの極致を、孤独に、絶望的に考え続けてきたのだ。しかし今、「アイヌ」というなんとも厄介な何ものかが、僕の気分を重くしている。「真理」によって絶望の淵に追いやられてしまったことに較べれば、はるかに軽症なのだが、余命3年の癌よりも、今日の頭痛に苦しめられる不快感とでもいうべきか。
「民族性=ナショナリズム」復権へのベクトルを正しい方向として受け入れることなしに、「アイヌ」問題を語ることはできないだろう。つまり、僕の正しいとしてきたベクトルとは真逆なのである。この問題を、どのように僕の思考回路に組み入れるのか、今のところ、手つかずである。

僕自身の中にあるどうしても拭い落とせない「日本人」としての特性を発見することは、僕にとって認識経路の一つの過程であり、決して目的とはなり得ぬものである。しかしアイヌの人々にとって、「アイヌ」は「目的」である。たとえ「アイヌ」であることを捨ててしまいたいアイヌがいるとして、今の「アイヌ問題」の中では、それはネガティブな「アイヌ」として捉えられてしまうだろう。「アイヌ」という民族性を目指すことこそがポジティブなのだ。「文化」を語る地平では、アイヌがアイヌ以外であることを快く思わない。
一方僕にとっては、日本人であることは極めてネガティブなことであって、日本人ではないところの自分へということにしかポジティブな道を見出すことができないのである。要するに、僕は日本人であることから解放されたい、そしてそれが正しいベクトルだと考えているのである。

この本質的な違いを見ないで、和人が「アイヌ文化」を理解することによって差別や葛藤がなくなるなどと考えているとしたら、大きな間違いだ。
僕は僕なりに、哲学的に、形而上学的に「アイヌ」にアプローチする以外にない。そしてそのほうが、安易な政治と文化のごちゃ混ぜより、ずっと正当だと考えている。

だが、やはりどこか、気が進まないのである。

明日は13日の金曜日で釧路、公演後、帯広へ。そして翌14日に、いよいよ二風谷に入る。
(1985/9/12)
 

《1985年9月10日の旅のノート》

 
(※旧ブログに2008年10月17日の日付で投稿)

「……人間というものは、相手に判断を下し得ないでいるあいだだけ、相手を愛し、敬うものだからだ。憧れは認識不充分の一産物なのである」
(トーマス・マン「ヴェニスに死す」)

滝川市にて公演。午前中、雷を伴った強烈な雨が降ったが、今はそれが嘘のように晴れている。「さて」とひとつ伸びをして、元気を出して、と張り切ってみるのだが……。

「せっかく天気がいいのに、こんなに清々しい風景なのに」

僕は腹を立てる。そして…… 

ワカラナイ

平坦な尻上がりのイントネーション。無秩序に揺れ蠢く海綿体状の情念を無理矢理穿り返してみると、そこにはあのシーシュポスが運んだという岩の一片から掘り出されたサタンの像が現われ〈ワカラナイ〉と呟く。その時、僕はこのサタンに自らの魂を売り渡すか、あるいは暗闇に紛れてサタンの首を絞めあげるか、そうする以外に自分を救い出す方法はないのだと感じる。
「笑え!笑ってくれ!」と僕は悲痛な叫び声をあげる。すると小さな少女は、顔を伏せて、声を立てずに涙を流して泣いている。罪悪感にまみれた僕が、そっと少女の肩に手を置くと、少女はクスクス笑いをあげて振り返る。その顔は老婆だ……

ふいに浮かんだイメージ。
一度口にした言葉が取り返しつかないように、吐き出されたイメージはひとつの固定観念となる。それが逃れ難い真実だとしても、僕はその固定化を許そうとしない。断じて許すことはない。
現象学という魅惑の学問が何をどう証明しようとも、現実とは、僕の中にあるイメージではない。現実は正に、ここ、に、ある。思索する夢想家には、それが見えないとでもいうのか。

晴天。快い風。甘ったれた感受性などとは無関係な風。
笑うことだ。まずこの僕が。

「ほら、天気がいいよ、風が気持ちいいよ」
(1985/9/10)
 

《1985年9月9日のノート》

 
紋別、名寄、白滝村…
ずっと空はぐずっていた。そして、寒かった。

「海は、ある日、ある時刻、不意にその輝かしい魅力を失ってしまう、人間たちは海から開放され秋が来る。秋、海はおとなしい老婆のようにちぢこまる」

「叫び声」の一節。
夏は開放的な季節だという健康的な固定観念、だが、むしろ夏的なものからこそ人は解放されたいのではないか。僕はそれに同意している。

そして、狩勝峠は満点の星。

誰に読ませるわけでもないのに、僕は全てを書こうとしない。本当の自分について、決して書こうとはしない。
何を見るのでもなく、ただぼんやりと車の窓から暗い外に目をやりながら、僕は、自殺… する… ことを… 思い浮べて、そして嘆き悲しんでいる。
愛するという事は、一個の人格を尊敬するという事…
故郷から遠く離れた身勝手な幻想。

〈さりげなく…〉

どこかで微かに響く誰かの呟き。独立した一個の人格、一体何の事だ、僕には全く理解できない。

ただ確かな存在の手触りのみ。全ての幻想よ、去って構わぬ。
僕が騙し続けたいと信じる過去と、守り続けたいと願う未来。

満天の星、それが僕を圧し潰す。
明日は久しぶりに晴れるのだろう。そうすれば、きっと忘れる。そして、本当の自分を隠して、この単調な現実だけを生きていく。
明日になったら、もう二度と思い出すことは無いだろう。だから、対向車のヘッドライトの明かりを頼りにして、車の中で必死にペンを走らせている。
(1985/9/9)
 

《1985年9月2日のノート》

 
台風一過、爽やかな青空に涼しげな雲が浮かぶ。今朝、宿を出た時は気分はすこぶる良かったのだ。だが……。
バラシの最中に怪我をしたメンバーを東京に送り返すため、滝川へ移動する途中に千歳空港に寄る。といってその事自体は大した事ではない。一人減って芝居がボロボロになるのだとしても、そんなことは大した事ではないのだ。むしろ僕に影響していたのは、大江健三郎の小説だったのかもしれない。ともかく、朝方に台風一過などと嬉しがっていた僕は、もはや存在しなかった。

夜の高速道、昨日から義務になったシートベルトに締め付けられて、僕はひどく居心地の悪い思いをしている。車の背後でジェット機が轟音をたてて飛び立つ。サイレンを鳴らさず、ただ赤いランプを回転させるだけの高速パトカーが、僕の運転するワゴン車を滑るように追い抜いてゆく。ラジオでは、日航機墜落で幼い命を落とした子供たちの追悼式が、それぞれの小学校で今日行なわれたと報じている。それに続いて殺人事件のニュース。台風で遭難した漁船の一報と秋鮭漁解禁のニュースとの奇妙なバランス。そしてとってつけたような天気予報……。

点々と続く照明に照らしだされた北海道の夜の高速道路は、あたかも異星人の住む星の冷たく湿った空間に浮かぶ滑走路のようだ。

〈こいつは古典的な文学世界ではない、現代小説の心象風景って奴だ。ほら、電波の粒子がはっきりと目に見える。きっと僕は、巨大な力に支配されているのだ。〉

そう思った瞬間に、この僕自身がミニチュアの宇宙船を操る巨人となった……。
(1985/9/2)
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