社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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《1989年1月8日のノート》

 
「平成」が始まったのではない。「昭和」が終わったのだ。「平成何年」という言い方に違和感を感じている間に、「昭和」について日本人が考えるべきことはないのか。「昭和何年」というのも、実は妙だったと、そう日本人が気づくための、これが最期の機会ではないのか。「平成」に慣れてしまったらもう遅い。

「問題は天皇制と天皇個人との問題だ」(「五勺の酒」中野重治)

天皇個人と天皇制が「平成」において再びしっかりとイコールで結ばれてしまったらもう間に合わない。そうなる前に……。
(1989/1/8)
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《1989年1月8日のノート》

 
1989年の1月7日の24時、というより、8日の午前零時、たった今「平成」となった。
さて、まだ書いていない年賀状、それに印す年号をどうするか、もう平成になってしまったが、でも今年の正月は、まだ「昭和」だったのだ。今年は年賀状諦めよう。松の内もあけてしまったし、だいたい天皇が死んで「おめでとう」なんて不謹慎だろう……

なんてね。大嘘。
今まで年賀状に書く年号はいつも西暦だった。「昭和」なんて一度も書いたことなどない。平成云々は年賀状を書かない怠惰の言い訳。ただ書くのが面倒なだけ。
(1989/1/7~8)
 

《1989年1月4日のノート》

 
毛沢東を読んだのは去年の十月、以来ずっと何となくひっかかっていたことを、今日洗濯しながらつらつら考える。

いまさら毛沢東なんぞ読んでどうなるのか。現代において、あらためてマルクスについて問う事の意味は……、などと考え始めてはみたものの、さっぱりわからん。はて。

誰だったか、いつかテレビでニュースキャスターが言っていた。レーガンとゴルバチョフとが手を握りあわさざるを得ない時代なのですねと。曰く「いまやイデオロギーなど関係なく、経済が世界を動かしていく時代なんです」……わからん。ソ連が生まれるよりもずっと前のことだが、マルクスこそが「経済が世界を動かす」と言ったのだ。さっぱりわからん。

イデオロギーではもはや世界は変わらないという。確かに、世界を変えるようなひとりの独裁者によるファシズムなどは、少なくともいわゆる「先進国」においては、もう出現しないのかもしれない。しかし、もっと柔軟な構造的なファシズムの危険、などと評論家が言う。何か得体の知れない意識の集積が世界を動かすのだと。イデオロギーを「考え方」と解すなら、意識もひとつのイデオロギーである。「意識」は弁証法的に顕在化する。例えば固定化された価値としての貨幣。貨幣は価値観の結晶である。その貨幣が、世界を支配する。実はそのようにしてしか世界は動かないと、そう言ったのはマルクスではなかったか。ひとりの独裁者にしても、それは構造が作り出すとマルクスが言ったのではなかったか。
そういうマルクスが〈イデオロギー〉になった。それは何故か。つまらん。

ロシア革命はマルクスのイデオロギーによって成ったのか否か、わからん。
どうもイデオロギーという言葉が曖昧なんだ。ならばこれではどうか。ロシア革命はマルクスの指導論理によって成ったのか否か。わからん。
例えば小林秀雄はそうではないと言う。そうではないとして、だからといってロシア革命がマルクスの論理を裏付ける材料にならないという事にもならないだろう。それは全く別問題なのだ。マルクスの考えは「資本論」に尽きている。その「資本論」に限っていえば、もともとそこに指導論理など存在しない。マルクスはただ革命の必然性を説くだけだ。つまり、「ロシア革命はマルクスの指導論理によって成ったのか否か」という問いでは的を射ていないのだ。知りたいのは、ロシア革命成立の事実がマルクスの論理の真理性を証明したのか否か、という事だ。毛沢東は証明したという。小林秀雄はそれについては何も言わぬ。言うのも無駄だとすましている。そしてドストエフスキーの目でロシア革命という事件を眺めている。きっとそうなのだろうと僕も思う。ロシア革命はマルクスにとってさえも〈以外な事件〉だったのだろうと。

つまらん、と、洗濯しながら考えている。

なるほど、仮にロシア革命が共産主義革命とは似て非なるものだとすれば、ロシア革命について何かものを言うということは、それはロシア革命という歴史的事件について語るというだけのことで、論理的な意味での共産主義革命については何程も語ることにはならないのだ。つまらん。

ならばロシア革命から離れて話を一般化しよう。過去において、共産革命と呼ばれる革命によって幾つもの共産主義社会が成立した。はたしてそれらの歴史的事実はマルクスの理論の正しさを証明する材料といえるのか。それらの事件が全くマルクスの理論と矛盾しないとして、それでマルクスの理論が正しいといえるのか……。
ああつまらん、話を一般化したらますますつまらなくなった。

こうなったらとことんつまらなくしてみるか。
ではこれではどうだ。何ひとつとしてマルクスの理論に異議を差し挟む余地が無いとして、だからといってマルクス主義の指導論理に従って革命を企てることが果たして許されるのか。問うべきはそこだ。しかしそれは倫理的な問題ではない。倫理的問題は全く別の課題なのだ。倫理に対する問いでは話がずれてしまう。それでは本当につまらない。あくまで正当的なつまらなさを追うのだ。〈革命を企てることが論理的に許されるのか〉、あくまでつまらない無味乾燥な論理的な問題としてそれを問うのだ。そのために問いをひとつ戻す。
〈共産主義革命による共産主義社会の成立、その事実は共産主義革命が歴史的な必然であるというマルクスの理論の正しさを証明するのか〉。

もしもマルクスの理論が正しければ、マルクスの指導論理によろうがよるまいが共産主義社会は成立する。だがより速やかにそれを成立させようと思えば、マルクスの指導論理に従って革命を起こすのがよいという訳だ。ほっておいてもいつか雷は鳴る。だが条件を整えてやれば、実験室の中でも思うように雷を作ることができる。例えとしてちょっと違うのかもしれないが、ほっておいても成立するものを早めるという意味において、マルクスの指導論理は実験の手引きのようなものだ。〈共産主義社会は必然的に成立する〉という理論を証明するために革命という実験を行なう。その結果共産主義社会が成立する。実験は成功である。しかし果たしてその実験で、共産主義社会成立の必然性を証明したといえるのか。

なんだかよくわからん。つまらないのは望むところだったが、しかしわからないのは予定外。話をわかりやすくしよう。

〈僕は必然的に左へ行く〉ということを証明するために僕は左へ行ってみせる。そうして、ほらこれが実験の結果だ、どうだ、〈僕は必然的に左へ行く〉というのは真理だったろう……、誰がそんなこと納得するものか。つまりだ、革命の成功が共産主義社会成立の必然性を証明するというためには、〈必然的に共産主義社会は成立するという命題が真理でなければいかなる革命も成功しない〉ということをまず証明しておかなければならないということか。
ちっともわかりやすくない。

最先端の物理学の世界の話。机上の理論を証明するために実験する。その実験結果が理論を裏切ることは絶対にない。なぜならばその実験方法は、その証明されるべき理論によって都合よく考え出された方法であるから。
ちょっと違う、いや大分違う。この話はそれほどわかりやすいものじゃない。
つまり、理論と実験方法とは不可分であり、理論に影響された実験方法は結果に影響する。その結果をはじめの理論で読み取れば、理論は常に実験によって証明されている。
ずいぶんとわかりにくくなった。もっとわかりにくくしよう。
実験の対象である素粒子の世界は、アインシュタインの相対性理論を適用しなければ解読不能なミクロの世界であるにもかかわらず、実験する人間はどう頑張ってもニュートンの理論で十分な大雑把な感覚によってしかその実験を観察することが出来ない。この主体と客体のギャップが、どういう訳かおかしなことに、理論が期待する通りの実験結果を導いてしまう。いわばどうしても期待が結果に影響してしまうというのである。本当はもっとわかりにくい話らしい。原因が結果を生むのではなく、結果が原因を規定する。洗濯するから汚れが落ちるというのが普通だが、先に汚れが落ちて、だからさあ洗濯しろといわれることもありえるというはなし。

すっかりわからない。相変わらずつまらない。
ともかく、物理学でさえ訳のわからない時代、革命が科学的実験だなんてのはもはや通用しないと、毛沢東を読んで思ったということ。洗濯しなけりゃ汚れは落ちない、洗ったパンツは干さなきゃ乾かないというのが現実であるということ。ああ本当につまらないことになっちまった。

「あの壁は、その内側に正義が存在すると、固く信じて疑わないものにしか突破出来ない。そこに正義が存在することに、いささかでも疑いを抱いてしまったら、そいつには壁は突破出来ない。そいつは、疑いながらも永遠に壁に支配されつづけなければならない。私が革命家として駄目になったのは、そのせいだ……。」
(「太郎の屋根に雪降りつむ」別役実)

はたして、洗濯なんかしたせいで駄目になった革命家というのもいるんだろうか。

「生活というのは、一人で思い悩んだり、何かの理想のために苦しんだりすることとは別のところに、もっと折目正しく創られているんです。」
(「街と飛行船」別役実)
(1989/1/4)
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