社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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《プロローグを補足する風景》

 
4月26日、プロローグを補足する風景
 ……結石なら、いたって単純な影が映るはず。だがこいつは全く違う、〈何か〉の、異様な二層構造の影…… たとえどこかに結石が残っているとしても、この際そんなものはどうでもいい。もしも脇腹がまた痛むようなら、座薬でも出しますよ。そんなことより、こいつの正体を確かめる方が先です…… そんなこと? 昨日の、あの耐え難い激痛が〈そんなこと〉なのか。なるほど、そういうことか…… そんならとっととカタをつけてくれ…… しかし、精密検査は、今日すぐにという訳にはいかないらしい。もどかしさに、僕の体のどこかが揺れている…… あのう、椅子に、お掛け下さい、と看護婦に促される。……最初から座らずにいたのか、それとも、知らぬ間に立ち上がったのか…… 手帳を開き、舞台の日程の合間に、いくつもの検査の予約を入れ込んでいく。何があったって休むことの許されない仕事…… 一週間や二週間でどうなるもんじゃないからね、焦らなくてもよいと、僕に向かって穏やかにそう言った老医師が、急ぎなんだよ、もう少し早く、なんとか予約入れられないのか、と、厳しい声で内線電話の受話器に向かって喋っている…… 一秒は、一分を六十等分してはいない。時間は不整脈を打って流れている……
 小笠原の島への旅。遊びではない、仕事の旅。父島と母島の学校が会場、たったの2回の舞台だというのに、まるまる一週間も費やさねばならないのだ。 ……仕事なんかしている場合じゃないと思うが…… 親が死んでも休める仕事ではないのです…… 死ぬのは親ではなく、君自身なのだよ、と、そう言いたかったのかもしれぬが、みつくちの老医師は、首を傾げただけで後は黙した。検査と検査の間の、遠い南の島での《夢》のような時間、真っ青な恐ろしい海の色は覚えているが、空の記憶が僕にはない。笑い声は耳に残っているが、笑った君の顔が思い出せない。ならば《夢》は、きっと悪夢だったのに違いない……。
 CT、DIP、MRI…… 予測を裏切るような結果は、何ひとつやってこない。目星をつけられた獲物は、徐々に追い詰めてられていった。それは、駄目押しの連続であった。しかし、結局のところ、追い詰められていたのは、見知らぬあの異形の影ではなく、この僕自身だったのだ。やりきれぬほどの長い時間……
 腎細胞癌という名の、直径4㎝弱の病巣をその中にしっかりと閉じこめたまま、僕の右腎臓は丸ごと摘出された。老医師に替わって執刀した若い医師が、たった今摘出した腎臓を、銀色の皿に乗せて手術室から待合室へ現れた。確かに腫瘍に侵されていたということを患者の家族に示すために、僕の腎臓は輪切りにされてあったという。その時の白いゴム手袋をはめた医師の手が、「神さまの手に見えた」と、母親は後で僕に話した。その「神さま」から、癌細胞を散らすことなく手術は成功しましたと聞かされた家族は、もう大丈夫だと安堵している。しかし、その「神さま」が、三人に一人の確率で転移する、と僕に告げたのだ。
 それでも家族は、もう大丈夫だと、安堵したフリをしている……
 「だけどね、症状のほとんどない腎臓癌が、この程度の段階で発見されたんだから、幸運だったことには間違いないさ……」
 もし仮に生き延びる事ができたなら、僕は二つの偶然に救われたという事になる。まずは、実にいい時に結石が出来た、それが幸運なひとつ目の偶然。だがその幸運も、もしレントゲンに石が写ってしまえば、僕のカルテには腎臓結石と記入され、超音波検査を受けることなく、痛み止めを飲み、石が出ていくのを待って診察を終えていたはずなのだ。ところがその石は、微妙なタイミングで、レントゲンに写らぬように、僕の体から出ていってしまったらしいのだ。それが幸運なふたつ目の偶然。偶然? いや、こんなこと、何かの必然といったようなものが無い限り、決してあり得ぬ奇跡ではないかと、今の僕には感じられるのだ。血尿と激痛という信号を発した後、見つけられることを拒否して姿を消したちっぽけな小便の化石、その《奇跡》が無ければ、僕はすぐそこにある「死」に、今も気付かずにいただろう。
 そうして僕は、百パーセントの死から逃れた。死の確率は、三分の一に減ったのだ。つまり、三分の二の生を、僕は手に入れたのだ。……けれども、〈三分の一の死〉は〈三分の二の生〉を、あっという間に凌駕してしまう。手術の傷は日増しに癒えるが、死の恐怖は、いっこうに僕から消えようとはしない。いくらノートを書き写しても。
(1994/4/26 手術後、最初の転移再発の有無を調べる検査を終えて)
《その結果が出たの日のノートへ》

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《1994年4月23日のノート》

 
あたかも、死装束をきちんと整えるかのように。しかし、目の前に開かられているこのノートは、はたして日記なのだろうか。何処へ行ったとか、何をしたとか、そういう日記らしい記述が、このノートには殆んど無い。
日がな一日ギターを弾いていた。芝居の旅へもギターを担いでいった。旅先の宿での酔態の宴、よろけた酔っぱらいに踏みつけられて、ネックが折れた。おかげでやることが無くなって、書く事を思い付いた。日記を書き始めたわけではない。ところがいつからか、何でもいいから毎日書こうと思うようになって、やがてそれが妙な強迫観念にもなってきて、そのうち僕は、このノートを自ら日記と呼ぶようになった。だが、やはりこれは日記ではない。日付を打って、そして毎日のように書いてはいるが、やはりこれは〈日記〉ではない。
ノートの多くのスペースは、その日に読んだ本の引用で埋められている。いわゆる〈日記〉に書くべきような現実の出来事に、僕は興味が無かったのだ。他人の文章の断片にちょっと感心してみる、それだけがあのころの〈僕〉だった。そうする事でしか自分を確かめる事ができなかった。それ以外の〈出来事〉はおよそ不本意だった。読んだ本から引用した文章、ただそれだけが、僕に書き残しておける現実の殆ど全てだったのである。短冊のように並ぶ他人の警句、時を隔てて今さらそれらをいくら読み返してみても、何も伝えてこない。そんなものを残す気などない。括弧でくくられた他人の文章は取り除いてみる。すると、後に残ったのは、青臭い、およそ貧弱な脳味噌の写し絵という有様なのだ。現実とは没交渉の肉体を持たない幽霊、それがあの頃の僕だった。あまりに稚拙な観念の亡霊、そういう訳だから、僕はこんなふうに、まず長々と《弁解》をしておかなければ、このノートを残すこともままならないのだ。
僕は、このノートを《子供たちへの手紙》として残そうと思う。僕が死んでも、やがていつか子供たちが父親の〈幽霊〉の呟きに耳を傾ける、そんな幸福を想像するより他に、今のところ僕には、目の前の死を乗り越えるすべを知らない。何とも情けない事なのだが。
(1994/4/23)

 

《1994年4月22日のノート》

 
〈忘我〉の効用、例えば写経の効用とはこうしたものなのかと思った。だがそうじゃない、そんな上等なものじゃないのだ。僕の前にあるのは、経文ではない。それは、たとえどんなに見知らぬもののようでも、紛れもなくあの頃の自分が書き残した言葉なのだ。だから、心を〈空〉にするような静謐な状態とは正反対、〈忘我〉どころか、僕の呆けた頭には、過去のたくさんの自分が入り込んできて、そして頭蓋骨の裏を這いずり回っている。しかしそうだからこそ、そんな過去の死んだ自分たちの群れに埋没することによって、僕は現在の自分をすっかり忘れていられるのだ。
疲れる。今の自分には今の自分を語る力がない。もう止そう。力があろうがなかろうが、今の自分を語ることに、もうこれ以上の何の興味もない。
(1994/4/22)
 

子供たちへの手紙、そのプロローグ

 
2月3日、昼過ぎ、尿に血のようなものが混ざる。翌4日の深夜、明らかにそれと分かる赤い尿、加えて左脇腹に激痛、朝を待って病院へ。問診による医者の判断は腎臓結石、血尿も激痛も、すべてが結石の典型的な症状だという。だが、レントゲンでは結石は発見できず。石がレントゲンに写らないということはそれほど珍しいことではないらしいが、念のために超音波の検査を受けることになる。
結局、石は存在せず。だが、痛んでいたのとは反対の右の腎臓に、予期せぬ影が見つかる。
予備検査を重ね、3月10日に入院、16日右腎臓全摘出手術。組織検査の結果、確定した僕の病名は「腎細胞癌」。
3月の末日に退院。
94年度出演者の顔合わせが4月4日、その日だけは何とか出席して、その後しばらく自宅で休養を摂り、12日から遅れて僕は稽古に参加した。
舞台の初日は、一週間後の4月27日に決まった。前日の26日がゲネプロ、だがその日、転移再発の有無を調べるため、手術後最初のCT検査が午前中にある。ゲネプロの開始は、病院から僕が到着してということになっている。
準備をして待っていてくれるだろうみんなには申し訳ないが、僕にとって、その日はゲネプロの日ではない。今の僕にとっては、ただ検査という日でしかない。その日が、近づいてくる。僕はそれから逃れるように、古いノートをワープロで打ち始めた。そうして、かつての自分を、あたかも他人のように眺めている。その間だけ、僕は「死」に捉われている今の自分を忘れている。
(1994/4/20)
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Author:urashachoo
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