社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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《1996年2月12日のノート》

 
仕事が無くて稼ぎが少なくても、子供たちと付き合っていれば笑顔になれる。ノートをワープロで打つという、ちっともお金にならないお仕事は、チョコチョコカタカタやっている。いつまでかかるのか、一向に見通しはたたないけれど、焦ってもいない。いつ死ぬかわからないというような、最初の頃の悲壮感は無くなった。だから急がない。何ヵ月もほったらかしていたりする。時には、ふとのんびり読み返してみたりもする。そうすると、手術直後の眉間に皺寄せた〈自己解釈〉とやらを、ちょっくら茶化してみたくなったりする。

そんなわけで……

《自己解釈の解釈と子供たちへの手紙》
自己解釈というけれど、相も変わらず他人の文章の引用。解釈される方もする方も〈同じ穴の貉〉、ちっともおもしろくない。手術から2年経って、父はまだ生き延びています。そして、やっとどうにか笑える余裕も出てきたらしい。そうしたら、自分のしかめっ面にやっと気がついた。

それでもどうか我慢して読んでください。最初の方はちっともおもしろくないけれど、後からおもしろくなるという保障もないけれど。

《「自己解釈の解釈と子供たちへの手紙」とやらを茶化してみる》
過去の自己を解釈するなんて、いったい何を言っているのでしょう。きっと久しぶりにずいぶんとお飲みになったのですね。旅先でもあなたは相変わらずワープロ三昧で、でもそれはひとり黙っておやりになっていたこと、それでよろしかったのに、天川村のペンション・ミルキーウェイが瀟洒な洋館だったので、珍しくワインなど飲む気になり、酔っ払っては自分の過去と、そして自分の病気について、大きな声で語ってしまったのです。昔のノートから削除したチェーホフのアフォリズムなのですが、あんまりお誂え向きなので、嫌味たっぷりに復活させてみましょうか。

「人間は好んで自分の病気を話題にする。彼の生活の中で一番面白くない事なのに」
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《1996年2月10日のノート》

 
「金もなければ死にたくもなし」とゲーテは言った。

子供も3歳になると、いろいろとタダではなくなる。だから、ナチルには今しばらく2歳でいてもらわなければならない。そうしなければ、娘を連れて出かけることができない。そんな家庭の経済状況を、2歳の子どもに話したってどうなるものでもない。
忸怩たる思い。
しかし、それは娘とは無関係なこと。娘に責任はないのだから、地獄行きは俺だけだなどとと、大そうで勝手な逃げ道を拵えて自らに言い聞かせた。
父親は、かつて清貧をヨシとしていたのだが、今やすっかり誇りを失ってしまった情けない男である。

それほど、我が家の経済は逼迫している。

ところが、あっちこっちで「こちらのお子さんはおいくつですか」などとでっかい声で聞くキップ売りたちのおかげで、なちるは自分の歳が分からなくなってしまったらしい。娘は、3歳になれたことをとても喜んでいたのに。

僕は、子どもを、金のかかる所へは連れていかないと決めた。これで娘も堂々と三歳である。
娘は、一切不満を漏らさない。どうやら、なにもかも分かっているらしい。
(1996/2/10)

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