社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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僕は青年の如く揺れている

 
昨日から、ずっと考えている。

もう30年も世話になっている劇作家が、芸術大賞を取った時のことである。なぜお上から賞なんか貰うのかとその劇作家に詰め寄った照明家がいた。彼はその芝居の、差別される者たちへの眼差しに、深く共鳴していた。劇作家と照明家は、60年台・70年台演劇の同志であったはずだった。この時、劇作家は照明家の詰問に答えて何を語ったのか。

問題は僕自身のことである。

この度、僕が参加している、というより我が社がプロデュースしているユニットの作品が、某役所から推薦を受けた。その知らせが届いた時、僕は会社の相方と、つまり制作担当と心から喜びを分かち合った。その、僕らしくない喜びの大きさを、たぶんユニットの他の音楽家や役者たちは理解しないだろう。今まで「作品」を売るために、ちっぽけな会社がどのようなことをしてきたか、彼らにはさほど多くを話してはいないし、ましてどれだけ挫折し、苦しんできたのかについては、殆ど伝えては来なかったのだから。

とはいうものの、お上から推薦を受けたからといって、何か特別なことがあるわけでもない。政権交代で事業仕分けされる前なら、役所が数週間の地方公演のお膳立てをしてくれたようだが、それがなくなってしまって、と、審査員から申し訳なさそうに言われたことがある。ご褒美と言えば、ただ今後チラシに、その旨を、つまり某お役所からおすみつけを頂いた作品である旨を掲載できるというだけのことである。

それでも僕らは、制作として、とても嬉しかったのである。

しかし僕は、表現者としての僕は、この喜びを素直に吐露することを躊躇している。審査して貰う事をこちらから所轄の役所に申請しておきながら、こんなことを言う勝手は重々承知している。そんな迷いを口走る僕に向かって、審査員に失礼だなどと言い出すメンバーもいる。そんなプロデューサーの発言が当該お役所に知れれば、いったいどんなことになるか、制作として、そうなることは当然ながら全くもって本位ではない。

しかしである。諸々現実を理解してもなお僕は今、僕が何故芝居を始め、それを職業に選び、そしてここまで続けてきたのか、そのことをあらためて考えているのである。

劇作家は照明家の詰問に答えて何を語ったのか。
いや問題は、僕自身のことである。
とてつもないことが進行しているこの日本において、僕は、青年の如く揺れている。
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