社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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結局ボクも黙っている

 
もしかするとやっているかもしれない、そう思って電話をしてみたのだが。
「やってないよ、あしたよ」
「まだ、そうなんだ」

本業が忙しくなって、週末しか店を開けなくなって久しい。
それで行く機会が減った。嘘ではない。だから、そういうことにしている。

「明日、釣り、行くよ。明日きてよ」
「明日は、どうかな…」
少しほっとして、今晩は別の店に向かう。

だが。

実に美味い魚を食わせてくれる店なのである。前の日に行ったのに、日が落ち始めるとまたその店の魚が恋しくなる、そんな店だった。

だった? 妙な言い方をする。

「だいじょうぶよ」
いつか聞いたママの声が今も耳に残っている。
どうにかなっちまうと思っているわけではない。まず大丈夫だろうと、こんな俺だがタカ括っている。だからかまわないのである。それでも自前の釣り魚をすすめられたりすると、そいつが本日の一番だということはよく分っていても、あの頃のように二つ返事にはならなくなった。しかしその店に行くときは、「俺はタカ括っている」ということにして出掛けると決めているので、だから平気で食らうのだ。店では迷わない。

それなのに、今さっき、何故かほっとしたのはどうしたわけだろう。そんな自分を発見してしまったことも厄介だったのだが、問題はそこじゃない。

気にかかることがある。いたたまれなくなるのだ。それなのにボクは、黙っている。きっと、何かを恐れている。でも、その恐れがどういう類のものなのかを説明しようとすると、なかなか難しいのである。

フクイチからは、とてつもなく汚染された水が、今も大量に流されている。丹念にネットを巡れば、惨たらしい魚たちの情報にいくらでもぶち当たる。それなのに、誰もが黙っている。
言ってしまったら人間関係がおかしくなるかもしれないとか、そんなことではない。言うべきだと信じて疑わぬことを言わないで済ますことはしない、できない勇み足の多い人生だった。

つまり、0コンマ何%というような確率、ストロンチウムとか、そのほかの厄介なものが、その確率を大幅に上げるかもしれないこともよく分った上で、それでも何%という確率を、この毎日の、それぞれの人たちの生き方の中で、いったいどのように共有し、というよりはむしろ、どう処理したらよいのかが分らなくて、結局ボクも黙っている。

黙り込むことにおいて、あなたと私と、そこにどんな違いがあるというのか。
ただ。


ママには、10歳くらいの、何も知らない娘がいるのである。
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芝居の、現実から逃避する必然性

 
現実が詮無いことだと思えてしまうような芝居作りの現場…
どうも言い過ぎのようだけれど、要するに芝居作りの現場というものが、本質的に現実から逃避する必然性を持っていると言いたかったわけで、その思いはずっと抱えている。

しかし、そんなことを稽古場で言おうものなら、きっと袋叩き。
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