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社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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「生活のための仕事は辞めろ」

 
本日付けの朝日新聞から。
右上に「全面広告」と書かれた紙面に掲載された記事は、誰がどのような意図で企画したものなのか、よく分からないのだけれど…

そこに、「そんな生活のための仕事なんか全部辞めちまえ」と、世界の小沢征爾に言われたという佐渡裕氏の話が載っている。

はたして、「世界の小沢」のこの言葉の、「そんな」とはいったい何を指しているのだろうと、僕は考え始めてしまった。そうしたら、いろんなことが頭に浮かんできて、なんとも厄介なことになってなってきた。

小沢征爾氏が佐渡氏に向かって言った「そんな」とは、「生活のための仕事」のすべてを指しているのか、あるいは「生活のため」にやる音楽の仕事だけに限定して言っているのだろうか。

今、うちの会社は、自分のやりたいことだけやっていてはとても食べていけない役者やミュージシャンがたくさん手伝ってくれていて、彼らが提供してくれる労働力に支えられて成り立っている。もし、世界の小沢の「そんな」が、すべての生活のための仕事を差しているのだとしたら、彼らにとってそうした助言は「死ね」という言葉に等しいし、みんなそれに従って仕事を辞めてしまったら、「弊社」はたくさんの労働力を失う羽目になる。

ともかく、佐渡裕氏は「世界の小沢」の言葉を聞いて、その瞬間によし辞めようと「思った」というのである。
で、実際に仕事を全部辞めたのかどうかは語られていないのであるが、当時の佐渡氏は、月に80万円くらい稼いでいたということなので、もしかしたら1年や2年、仕事しなくても大丈夫なくらいの蓄えがあったのかもしれないし、あるいはいつでもその程度は稼げるという自信があって、だから実際に辞められたのかもしれない。

佐渡氏は言う。
「小沢先生の言葉の意味は、腰を据えて本格的な勉強をしろということだったと思います。」
そうして佐渡氏はウィーンに移り住み、かのレナード・バーンスタインを追い求めることになる。

はたして佐渡裕氏は、その後どのように生活費を捻出していたのだろうか。

僕は、佐渡裕氏の揚げ足を取ろうとしているわけではない。ただ、僕の頭の中を駆け巡っている思いを、そっと差し出しているだけである。

昨日のこと、津嘉山正種氏が、後輩の役者さんに説教していたこと。
「お前、芝居を教えているのか。そんな仕事なんかやめちまえ、今お前にはもっと他にやるべきことがあるだろう。自分の芝居のためにやらなきゃいけないことがあるだろう」
「つーさんは、ずっと第一線でやってきているから言えるんですよ」

何年か前のこと。ふじたあさや氏の芝居を観にいった。面白かった。ロビーでふじた氏に声を掛けた。
「おもしろかったです」
「学生に戻ったような気分なんだよ。一年以上も前から若い役者たちと時間を共有して、訓練を重ねて、金のことは考えずにたっぷり時間をかけて作ったんだ。ここのところもう何十年も、頼まれ仕事で、時間に追われて芝居を作ることがほとんどだったからなあ。」
そんなふうなことを言われたと記憶している。特に僕は何を言ったわけでもないのに、あさやさんは、僕の顔から何か読み取ったのだろうか。

自分の好きなことだけやって食べていける役者やミュージシャンなんて、ほんの一握りにしかいやしない。多少不満があっても、この業界でそれなりのお金を稼いで、それだけで生活していける人も僅かだ。そうした数少ない成功した人たちの語る清貧の話は、なんだかとても芸談ぽくて興味深いのだが、僕らの周りに転がっているたくさんの現実は、もっとドロドロしていて、切実で、悲しいのだということを、なんだか大声出して言いたくなったのである。

今日の新聞で見つけたもう一つの記事。
それについては、明日(明日の日付の記事で)書く。
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