社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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乗り越えてはいない

 
眠りにつくことが怖かった。それは、悪夢を恐れたからではない。

あの頃、僕は夢の中で、いつも死から目を背けていた。夢こそが現実であると、夢の中の僕は信じていた。しかし、夢の中の僕が死から全く自由であったというわけではない。夢の中で、夢の中の現実を生きながら、僕は「死」の夢を見ていたのだ。癌に犯されているという夢、夢の中で見る夢。だがそれが夢である限りやがて消え去る。だから夢の中で、僕は救われていたのだ。しかし、眠りの数だけ、目覚めなければならぬ朝が来る。

僕の朝は、「自分が癌に犯されているというのは夢だったのだ」という朦朧とした安堵ととも始まる。その時、僕は、まだ夢の領域にいた。夢と現実の逆転した領域。しかし、その後に続く短い時間こそ、真の悪夢であった。
「自分が癌に犯されていること、それは本当に夢なのか、もしかすると、現実ではないのか」
眠りと覚醒の狭間で、僕は毎朝、半ば夢の中でそう自問した。

そして、僕は毎日、癌の宣告を受けたのである。

しかし、つまりは、僕は自分が癌であるということを、本当の意味で、ただの一度も受け入れたことなどなかったのではないか。表面的には受け入れたつもりであった。そしてそれを乗り越えてきたつもりでもあった。しかし、そうではないということを、あの頃の朝の記憶が物語っている。

もう今の僕は、眠ることを、あの頃のように恐れてはいない。極度の疲労の末、考えることも夢見ることもできぬほど疲弊した精神状態で、毎夜倒れるように眠りにつくことがその原因なのだろうとは思う。しかしそれならばなおさら、僕は癌体験を受け入れそして乗り越えたのではなく、ただただ忘れているだけなのだということを、ある人の壮絶な死を通して思い知らされている。

死んだ患者から信頼を失っていた医師を、決して責めることはできないのだと思う。死を告げる医師の言葉を拒否する以外に、すぐそこに迫っている自分の死から逃れる方途はなかったのだということに思いを馳せれば、患者を説き伏せることの出来なかった医師に、むしろ感謝すべきなのかもしれない。というよりも、医師が神でも無い限り、旅立っていった彼は、どんな医師をも信頼することは無かったのではないか。それが、彼にとって安らかに死ぬことのできる唯一の方法だったのではないか、と、思うのである。
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