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社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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左右を良く確認して首を吊る

 
昨日、会社のブログに、歌舞伎町にある奄美料理の店でのことを、ほんの少しだけ、奥歯にものを挟みながら書いてみた。
なにも右とか左とかにカテゴライズしなければ話ができないというわけではない。しかしカテゴリなどどうでもいいというわけでもなく、どうでもよくないからこそ、分裂し苦悩する人々がいるのである。

日の丸を焼き捨てた知花昌一氏の御自分の机の引き出しの中には、日の丸がきちんと大切に畳まれて入っているという話を聞いたことがある。
死んだ義父のことは、そのうち書かなければならないと思っているので、ここでは至極簡単に触れるだけにするが、日本よりも中国の方が好きだといっていた義父だが、島酒に酔えば歌う歌は島唄ではなく軍歌であったし、東京の結婚式にも、決して喜んで来たという様子は見せなかったが、行きたいところはありますかと聞けば、皇居を訪れたいというので、そこで僕は案内したのだ。だが僕も皇居は初めてで、こんな機会でもなければ、皇居など一度も訪れることなく僕は人生を終えたかも知れぬ。
義父は、皇居の玉砂利を、とても感慨深げに踏みしめていた。

沖縄と天皇は、遠くて近い。
あの日、天皇に火炎瓶を投げつけたのは、左翼学生ではあったが、ヤマトの人間ではない。

僕の書斎の本棚には、30年近く昔、札幌北大近くの馴染みの古書店で、大枚7500円で手に入れたガリ版刷りの小冊子、大江健三郎の「政治少年死す」がある。「セブンティーン」の続編。正式なルートでは、今、読むことができない代物である。
「セブンティーン」で左翼学生であった主人公は、右翼団体の構成員へと極端な転身をする。やがて性犯罪を犯し投獄された彼は、監獄のなかで天皇陛下万歳と叫びながら首を吊って死んでいくのだが、その死体は、精液の匂いがしていたという。

カテゴリで物事をわけるのはよくないといいながら、知らずにどちらかの側に立っている。あるいは、繰り返して言うのだが、カテゴリを無視するばかりに、分裂するあり様が見えない。

天皇にゆかりのある沖縄の人たちの、歌舞伎町の集まりに、「極めて左寄り」というレッテルを貼られた学校の校長がやってくる違和感。
違和感?きっとそう感じるのは、この僕自身が、左だとか右だとか、典型的なカテゴリに物事を当てはめてしまうというありがちな思考に、知らず知らずにはまり込んでいる証拠なのだ。

この厄介なことを書くために、ずいぶんと滞ってしまった僕の日記らしきもの。
これからは二日おきくらいの日付で書こう。
でないと、死ぬに死ねない。首も括れない。
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