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社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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便宜上の境界を越える螺旋階段

 
言うべきことは言う。99人の馴れ合いが、どれほど無垢なものであろうとも、断固として最期の一人になる、表現者であるなら至極当たり前であると思われるこのことが、実際の場では全く不可能事となる。その現実もやっぱり当たり前だというのだからやりきれない。
そもそも表現者として言うべきこととはいったい何なのか。何をもって「べき」などと言えるのか。僕のこれほどまでの腹立たしさくを分析してみれば、その「何をもって」という根本の自覚なしに、浅薄な思索で、あたかも「べき」であるかのように偉そうに論じる者どもに対して、物申す「べき」だといきり立っているということらしいのだ。
宙に浮いた螺旋階段を昇り降りしているうちに、はじめの軽い眩暈も、いつしか僕を頭上の雲へ叩き落すに十分な幻覚を生むに違いない。それがわかっているのに、眼前の小生意気な鼠どもを、完膚なきまでに叩き潰さなければ、どうにも腹の虫が収まらない。この生来の性質を押さえ込むためには、分裂するという処世術が必要なのだと思い始めたのはいつの頃だったろうか。それでもやはり腹の虫のざわめきはいっこうにおさまらない。

そう書いてからもう4ヶ月も経ってしまった。要するにこの文章は9月に書き加えているペテン。それから、さまざまな局面で同じ思いが沸き起こる。少しあほらしくなって熱が冷めた。だから、書きかけの文句はこのままほったらかしておく。そして今の本当の思いは、4ヶ月後の日付で書く。

かまうものか。これは日本版の“大説『南』”なのだ。暗い書斎の万年床に膝を抱えて座り込み、じっと目を閉じて、ひたすらに時の流れを眺めている。すると、間断なく続く耳鳴りは、未来から過去へ、一瞬間一瞬間に大量の時間が、ひとつの便宜上の境界を静かに静かに越えていこうとする響きであったことに気づくのだ。
もはや何が先で、どちらが北なのか、それにどんな意味があるというのか。君は僕なのか。俺がお前なのか。読むものの目を眩ませて、その耳に幻聴を与えることができれば、きっとそれだけが、今の望みなのだと信じることさえできたなら、腹の虫を親指の腹で押しつぶし、緑の体液が、伸ばした爪に飛び散った……。

もっともっと乱れた言葉をならべなければならないのに、50年間堆積した詰まらぬルールが、それを妨げている。

「わからない」

そういうお前は切って捨てる。俺の人生は、きっと刹那ほどには長くはないのだ。お前の時間という概念に付き合っている寛容さは、俺にはない。愛してくれる必要はない。理解も不要だ。ただ理解しようとしてくれるだけで十分なのだが、愛がなければ理解などありえないという至極当たり前という名の螺旋階段。
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