社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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ベジタリアンになっても食べるものに事欠かない国

 
5年ぶりぐらいだろうか、●●氏に会った。彼は日本人ではない。というか、彼は日本生まれだから、もしかすると国籍は日本なのかもしれないが、御両親は●●●●●から来た方だと聞いた。
「僕は周りの子どもたちと何も変わらないと思ってました。でもある日突然外人だった」

久しぶりに会った彼は、ベジタリアンになっていた。ヨガをやっていて、その関係で勧められたこともあったらしいが、それよりも、屠殺の現状を知ってしまったことが大きいと彼は言った。今知ったのだが、PCで「とさつ」と入力しても、「屠殺」とは変換されない。

体調は変わった?と聞けば、悪くないという。
「ベジタリアンになると性格が穏やかになるらしいけれど、もともと穏やかだったから、効果が分からない」と彼は笑った。

「日本は、そのテの仕事を卑しいものとして、ある一部の人たちに押し付けた。そして自分たちは手を汚さず、嫌なものは見なくても済むようにした。結果、大切な感謝を忘れた」
「食肉にされる動物たちの扱いは本当に惨いんです」
「ちょっと前の沖縄では、家で大切に飼ってきたヤギや豚を、ハレの日に自分たちの手で殺して食べた。アイヌは、熊が獲れれば熊神としてその精神を神の国へ返す祭りを盛大にした。マタギも獲物を愛しく思い決して余分に獲らない。俺の千葉の田舎だって、僕が行くと、さっきまで庭を駆け回っていたニワトリを、特別に絞めて料理してくれた」
だからたぶん、問題はそこではない。きっと、食肉が「業」になっておかしくなった。

彼はバイリンガルのナレーターである。よほどの売れっ子でもない限り、仕事を選べるナレーターを僕は知らない。しかし彼は、原発と煙草の関係の仕事は断るのだという。その意思は、事務所には伝えてあるが、そんな話を他のナレーターとすることは一切ない。だから、彼がそういう関係の仕事を受けないということは、他のナレーターたちは知らない。

仕事を受けるか否かの線引きは、人間の体に直接害を及ぼすかどうか。そういう商品のCMのナレーションを受け持つのは、人間を害することに加担するのと同じだと彼は考える。仕事の話が来た時にちょっと怪しいと感じると、ネットなどを使って徹底的に調べ、結果これはダメだと判断すればきっぱり断るのだという。

ベジタリアンの彼は、人間と動物を区別しない。ある時、ペットフードの仕事が来た。調べた。動物に悪い影響を与えるという噂が大量に見つかった。彼はこの仕事を断った。

「そんなに金持ちじゃないし、いつどうなるか分からないような仕事だから、MCとしての価値を認めて自分を選んでくれたのに、それを断るのはとても厳しい。でも、この仕事が嫌いになりたくないから」
「偉いね、でも例えば、事務所に迷惑かからないかな、とかは…」
「簡単です。その日スケジュールが空いてないと言えばいい。クライアントには本当の理由は分からない」

「今のマスコミのCMは、全てでっかい広告代理店に歪められているとは思わない?」
「本当のベジタリアンは顔のあるものは全部食べないのです。だから本来は魚もNG。でも僕は魚は食べる。肉だけは食べないと、僕個人でそう決めたということです」
「なるほど…」

焼肉屋での忘年会。彼だけ魚介を焼いて食っている。炭火の上のでっかい海老の眼が、こっちを睨んでいる。日本向けの海老の養殖が、東南アジアのマングローブの森を壊しているなんてことまで気にしていたら、本当に食うものなんかなくなるに違いない。

「イスラエル支援企業は?」
実に僕は、危なっかしいことを聞いたのだ。
「なかなか本当のことが伝わって来ないから…」
「でも、ガザ地区のことはあまりにもだからさ」
「難しいですね…」
●●氏は、あくまでも穏やかであった。

二日続けて芝居を観て、この日も福島関連の映画を見に行き、その上映後のトークでは立ち入り禁止地区でたくさんの家畜が死んでいるというような話も出た。そのあとの忘年会だった。だから次の日、さすがに疲れて、映画を観に行く体力などなかったのだが、彼と話をしたから、予定していた映画、パレスチナのビリンの町を記録したドキュメンタリー映画、こいつは何があっても行かねばならぬと思い直したのである。

観終わって数時間が経った。さてと、いったい何が語れるのだろうと、今、僕は思っている。それでもできるだけ早く書き残しておかないと、失ってしまいそうな何かがあって、こうしてPCに向かってキーボードを打っているのだが。

いずれ表のブログにもきっと何かを書くに違いない。今日のところはだから、昨日の会話と妙な繋がりのあるいくつかの場面を、ただ吶々とまずは並べてみようか。

庭の木の枝にニワトリが飛び上がる。ニワトリ小屋があるのに、何故入らないんだ。
「ニワトリの自由だ」

無垢なジブリールは、大好きなフィールがイスラエル兵に殺されたことを理解することができない。だが何週間かあとには、それを理解することになるのだろう、と、父であるイマードのナレーションが入る。その時はもうジブリールは子どもではない、と。

「ジブリールには、何でも見せるんだ」
スクリーンには、何かをジッと見つめるもう笑わないジブリールの横顔が映し出される。ジブリールの視線の先には、ヤギだか羊だか、大人たちが家畜を絞めている光景。真っ赤な血が流れ出す。
イマードは言う。
「生きる事は困難だ」

さて……。

イスラエル軍の暴挙が元凶だと、それは疑いないと、僕も確かに信じているのだ。しかし、それでもいつだって、ユダヤの長い歴史について僕が余りに無知である事に思い至って、そして口ごもるのだ。ただ、無垢だったジブリールに何の罪もないことだけはっきりしている。

アメリカと、そしてイギリスのことを忘れるわけにはいかない。けれど、そうなのだけれど、大国の巨大な責任を追及し始めた瞬間、パレスチナの本当の現実に靄がかかりはじめる。そして、無垢なジブリールを忘れそうになる。

僕は今、こう思っている。

ベジタリアンになっても食べるものに事欠かない日本とはいかなるものなのか。本来人間とは、家族のように育てた家畜を、時に殺して食べなければ生きていけぬものなのではないのか。その大切な「悲しさ」を忘れては、この世界から争いのなくなることなど、金輪際ないと自覚しなければならないのではないか。
もう少しで届きそうなのに、どうしても掴めない、指先にすら触れる事のできない想念、それは今夜見る悪夢なのかもしれない。

昨日、ああ、もう、おとといのことになったが、●●氏に、夢は何語で見るのかと聞いたのだ。すると彼は「見た夢はひとつも覚えていない」と穏やかに笑ったのだ。
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2012.12.31 | M.A.P.after5

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