社長とは呼ばないで(裏M.A.P.)

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象徴でないのであるのなら…

 
ツイッターの、表にはふさわしくない言葉を消し去り、少しづつ裏へと強奪してくる。

「僕はTV版の方が好きだった、と言えない空気」
表の、昨日のブログから、この呟きを抹殺した。

今日もまた呟きたくなったのを、なんとかこらえて沈殿させ、なお残ったウワズミを、今この深夜の密室で語ろうとしている。

監督が、というのが少し憚られて、彼女が、登場する人たちを「主演男優」と称して燥いでいる。その文言と、それに添えられた画像の違和感。違和感といえば、ナレーションが僕には全くダメであった。前は気にならなかったのに、それがひどく鼻についた。

「沖縄の、男の俳優に代えて録音し直せばよかったのに…」
「わかるわかる」

そんなふうに同意もあったが、みんな大人だから、誰も公言などするはずもなく、大人になりきれぬ天邪鬼だけがこうして時間を費やしている。

同じ感覚が、あの“抵抗の唄”の場面でもやってきた。番組という枠に押し込められていた時は、怒りを共感し、涙も溢れたのだが、何故か劇場の椅子の僕は腹立たしささえ覚え、そして自分でも驚くほどすっかり醒めていったのだ。
「大和の女性」…、それも感性豊かな、と、後で括ってみた。素朴を敬愛するが、凡庸なら見向きもしないという感性に、散在する苦悩は見えないだろうと食ってかかる妄想を育ててみた。

根拠のない予感があった。根拠のない、ということは、僕の審美眼こそがきっと怪しいのである。
しかし、芸術作品を見せられたわけではあるまい。ならば、僕の予感の根っこが、「傑作」と評されだした「作品」と無関係だから、と、無視するわけもいくまいし、せめて裏でこっそり語るくらいは許されていいだろうと、僕は咎められる前に言い訳を準備した。

「主演」ばかりではなく、会場には次々と、いまが旬のゲストがやってくるというニュース。「なんと!」という小見出し。いったい彼にどんな関係があるのだろう、いったいどこまで燥げば気が済むのだろう…
まだまだ尽きぬといちいち事例を論おうかとも思ったのだが。

「言い訳」は、言い訳と言わせぬための方便。

かの土地が仮に心正しき感性豊かな自由人たちにとっての象徴なのだとして、僕にとっても同様であるなら、ふと彼女が漏らしたように、僕もまた、あの場所へ二度と足を運びはしないだろう。
しかしながら僕には象徴などではなく、そうであってはならないのだから、できることなら知った人に誰にも会わず、機会を作って一日でも二日でも、ひっそり座りに行こうと決めているのである。

他に見つめるべき場所がないならば、という条件付で。

そのうちに、数年の時を遡って、もう少しはっきりと書くつもりでいる。
 

ここは大切な場所だから…

 
3.11以来、表のブログでも無遠慮に書き綴るようになった。だが、だんだんと知られるようになってくると、なかなか語れないことも増えてくる。

しばらく置き去りにしていたが、ここはボクのノートを認める大切な場所である。

また少し、向き合ってみようかと思い始めた。
 

もう過去のこと

 
楽日の次の日あたり、ある共演者から「お疲れ様でした」メールが来た。
「打ち上げに行きました。すいませんでした」とも書かれてあった。謝られる筋合いはないが、なんとも白けていた小生にどうやら気を使ってくれたらしい。

そのメールには、「もう遠い過去のことかもしれませんけど」という一文も添えられてあり、まあ確かに、最後の幕が下りた瞬間から、小生、次の舞台のことを考えていたわけだし、ほかの共演者たちが互いに抱擁しあったりしているのを尻目に、そそくさと楽屋に下りていったわけだから、皮肉めいたことを言われても仕方ない。

ただ、ふと考えてしまった。そういえば芝居が終わって、なんだか祭りの後のようなちょいと寂しくなって熱いものがこみ上げてくるなんてことも、確かに三十数年前にはあったが、プロの世界で芝居をするようになってから、そんなことは全くなくなってしまった。しかしそれは、ただ淡々と仕事をこなして、幕が下りれば過去のものとして振り返らないというのとは全く違う。

例えば演技のこと、今回の芝居ではどうだったのか、それはプロである限り綿々と続けていかなければならない内省。言ってみれば、プロにとって「演技」とは、いちいち舞台が終わって、センチな気分に浸っていられるような甘いものではなく、役者である限り、区切りなく課題であり続けるものだということ。

あるいは、むしろこのことの方が重要なのだが、例えば「沖縄」は僕がずっと抱え続けてきたこと、それは幕が下りたって何も変わりはしない。多くのプロの役者は、そういう生涯のテーマを持っていたりする人もいる。

むしろ「もう過去のこと」なのは、打ち上げで演出家と楽しげにカメラに収まろうとするあなた方のほうなのではないか。どんなへんてこな演出であったとしても、どれほど沖縄を蔑ろにしていたとしても、全てノーサイド。過去のこと。
「ちょっと沖縄のことがわかりました」
冗談じゃない。そんな簡単なもんじゃ無かろうに。でも過去だからその程度でいい。あなた方の「沖縄」は、もはや「思い出」なのである。

過去のことだから、センチな気分になったり、思わず感極まって抱き合って涙流したりできるわけ。演技も芝居のモチーフも、それが切実であればあるほど、プロにとっては感慨に耽っているヒマなんかありゃしないが、思い出作りが目的の方々に向かって、そんなこといっても詮無いこと。どうでもいい? その通りなのである。

アマチュアの共演者を批判するつもりなど毛頭ない、それははっきり申し上げておこう。そりゃそうだ。彼らにとっては一世一代の、もしかしたら最後かもしない楽しい経験(楽しくなけりゃ市民劇なんて意味はない、苦しさもこの達成感をより大きく感じるためだと、マゾヒスティックになれなければやってられない!)だったわけで、だから感動感激一杯の打ち上げ、いいじゃないか、問題なしだ。

くだらん。

実は今回、台本を書いた御大にこう言われて誘われたのだ。
「沖縄のことはさ、俺よくわかんねえから助けてくれよ。台本の言葉も、沖縄風に直してくれよ」
そう頼まれたからこそ出演を受けた小生、しかし始まって驚いた。あの「沖縄である必要はない」とあり得ないことを言い捨てた演出家と、僕がどんな腹立たしい思いで対抗したかなんてこと、もはや全ての幕が下りてしまえば、アマチュア俳優の皆さんの考えることではありません、ということ。

どこがどうあり得ない演出であったかは、また日を改めて書く、と言いつつ、ならばここいらで喋るの止めればいいのに、一度語り始めるとなかなか止まない嫌な性癖。

沖縄のこと知りたいので是非お伺いしたいのですけれど、時間がなくて、芝居が終わった後で必ず、そんな殊勝なことを仰っていた素人さんもいないではなかったけれど、あの打ち上げでの皆さんの晴れやかなお顔を拝見して、こいつら絶対に来ねえなと感じた。それはもう今や確信。
演技のことだって同じ。彼らにとって、演技なんてどうでも良かったのだ。そういうときっと怒るお方も多々いらっしゃるだろうけれど、でも間違いない、それがアマチュアってもの。

でも、アマチュアといえども、もし今後も機会があれば舞台に立って役者なんてものをやりたいというのなら、今回の半年という長い稽古で、あなた方は相当使えない役者になっちまったということを自覚しておいた方がいい。洗脳から抜けるためのリハビリはけっこう大変だと思われ…

ホントは左程には大変じゃない。目覚めれば、違う意見を受け入れることができれば。
僕の意見にも、口では「分ります」って言うのもけっこういた。でも半年間演技指導され続けると、それがどんな理不尽なものでも、受け入れざるを得なくなってしまう。そうしないと精神が持たないから。誘拐され監禁され続けると、犯人に同情し始めるのと同じこと。そんな風に自分を騙し思い込ませないと、やっていられない、生きていられないから。

たとえ僕の話を表面で聞いてウンウン頷いてみたところで、心の奥のほうでは本人も気づかずに耳を閉ざし、演出家の言葉に支配されていく。権力を持つ演出家の方を正しいと信じていないと、あの稽古場にはいられないから。これ、プロの現場ならいざ知らず、アマチュアに対しては絶対にやってはいけない演出方法。市民劇で、そんな現場を作ってはダメなのだ。

その演出家の提案で、今日、反省会なるものをやるらしい。過去を振り返って互いを称え合う会、ちょっとした辛口意見が出るにしても、それは宴会を盛り上げる薬味、座興、きっと戯言。さらに皆様が喜ぶ演出家の、あの長い演説つきなんでしょう。反省会? いったい何を反省するつもりなのか。

ともかく、気持ちよく杯を酌み交わすであろう皆様の気分を、小生の仏頂面で壊すわけにはいかないので、僕は出席を遠慮させていただくと決めた。

心入れ替えて、笑顔で次回のイベントの宣伝をしてこようかとも思ったけれど、今日僕が行って宣伝したってもう変わらないだろう。すでに案内してあるのだから、今日僕が行ってまた宣伝しようがしまいが、来る人は来ると、そう信じることにしよう。

もうほとんどの共演者にとって、「演技」のことも「沖縄」のことも、終わってしまった過去のものだから、そうした方々にとっては、僕のお誘いは迷惑千万、よく分っている。それも解らぬほど、馬鹿ではない。
 

祭りの後の戯言

 
川崎市民劇も昨日千秋楽。春の芝居は千数百人、大いなるにいたっては三千五百人の動員だそうで。

前回の市民劇はプロの俳優が十数人参加。きっとそれがお気に召さなかった地元の老舗アマチュア劇団の方々、今回プロは小生を含めて3人くらい。「くらい」とは曖昧、まあよく分らんのだ。どうなりゃプロで、何がアマチュアなのか。今回でますますわからなくなった。これ皮肉。

小屋に入れば舞台監督が全てを仕切るのです、なんて、小屋入り前の最後の稽古で演出家が「これがプロだ」みたいな感じでカッコつけたつもりなのか大見得切ってみせたけれど、その舞監さんはとてもプロとは思えぬ仕事ぶり(可愛げあって嫌いではないんだけどさ、あえてね)、その日も演出家はご自分の長い無駄なダメ出しに自己陶酔、もう稽古終了予定時間はとっくに過ぎていて、次の日も早いというのに、疲れきってる役者を前にして、初日が開ける前に楽日のバラシの段取りを説明するという舞台監督。

ゲネプロ、もちろんGPだから一ベルも入れるし影アナも本番どおり。緞帳中ではロスコで煙も溜め始めた。さあ間もなく幕開けという時に、「ちょっと幕上げて」の演出家の声。役者をみんな舞台に集めて、またなんだか延々喋り始める。冗談じゃねえ、もちろん小生は袖中でイライラしていたが、アマチュアの役者の皆様、演出家は天皇とばかりに命じられるがママ黙って演説を聞いている。なかにはウンウン頷いたりして。
普通さ、まともなプロの舞監なら、そんな演出家の暴挙は許さないでしょう。しかし今回は演出家の子飼い。

演技指導と演出は別モノ、今や世界の演劇界では常識、しかし日本じゃまだまだらしい。特にアマチュアだらけの座組(アマで「座組」という言葉は似合わないけど)だから、演技指導が多くなるのはいたし方ないとしてもだ、いやはやその指導が古色蒼然、やれ「貫通行動」だ、なんだかんだ、スタニスラフスキーシステムって、プロの俳優のためのシステムなんだよね。どうもこの人、そこのところが全く分っていらっしゃらないらしい。

来月の頭、ちょっとしたリーディングに出る。稽古というか合わせというか、前日に一回やるだけ。

と、市民劇の制作のSさんから、僕を含めて、オファーした数人のプロについては微々たるギャラがあるとの連絡。財団の話し合いで決まったのだとか。3,500人入ったからなのか。
「何人かプロの役者さんがいますねえって、ある人が言ってたよ。それであなたのことピタリと言い当てた。やっぱり見る人が見ればわかるんだよなあ」
なんだかさ、このくらいのお恥ずかしい自慢話でもしなければ、腹の虫がおさまらないのである。
「おれはプロだ!」
役者の寂しき遠吠え…

「そんな自慢、言わなきゃいいのに」
「はったり効かさないと、人の話を聞いてくれない勘違いした素人役者ばかりだから」
「それ言ったらあの演出家と一緒だよじゃない」
「いや…」
「まだ喋るわけ」
「いや後で。もう少し、冷静に伝えたいことがある」
 

結局ボクも黙っている

 
もしかするとやっているかもしれない、そう思って電話をしてみたのだが。
「やってないよ、あしたよ」
「まだ、そうなんだ」

本業が忙しくなって、週末しか店を開けなくなって久しい。
それで行く機会が減った。嘘ではない。だから、そういうことにしている。

「明日、釣り、行くよ。明日きてよ」
「明日は、どうかな…」
少しほっとして、今晩は別の店に向かう。

だが。

実に美味い魚を食わせてくれる店なのである。前の日に行ったのに、日が落ち始めるとまたその店の魚が恋しくなる、そんな店だった。

だった? 妙な言い方をする。

「だいじょうぶよ」
いつか聞いたママの声が今も耳に残っている。
どうにかなっちまうと思っているわけではない。まず大丈夫だろうと、こんな俺だがタカ括っている。だからかまわないのである。それでも自前の釣り魚をすすめられたりすると、そいつが本日の一番だということはよく分っていても、あの頃のように二つ返事にはならなくなった。しかしその店に行くときは、「俺はタカ括っている」ということにして出掛けると決めているので、だから平気で食らうのだ。店では迷わない。

それなのに、今さっき、何故かほっとしたのはどうしたわけだろう。そんな自分を発見してしまったことも厄介だったのだが、問題はそこじゃない。

気にかかることがある。いたたまれなくなるのだ。それなのにボクは、黙っている。きっと、何かを恐れている。でも、その恐れがどういう類のものなのかを説明しようとすると、なかなか難しいのである。

フクイチからは、とてつもなく汚染された水が、今も大量に流されている。丹念にネットを巡れば、惨たらしい魚たちの情報にいくらでもぶち当たる。それなのに、誰もが黙っている。
言ってしまったら人間関係がおかしくなるかもしれないとか、そんなことではない。言うべきだと信じて疑わぬことを言わないで済ますことはしない、できない勇み足の多い人生だった。

つまり、0コンマ何%というような確率、ストロンチウムとか、そのほかの厄介なものが、その確率を大幅に上げるかもしれないこともよく分った上で、それでも何%という確率を、この毎日の、それぞれの人たちの生き方の中で、いったいどのように共有し、というよりはむしろ、どう処理したらよいのかが分らなくて、結局ボクも黙っている。

黙り込むことにおいて、あなたと私と、そこにどんな違いがあるというのか。
ただ。


ママには、10歳くらいの、何も知らない娘がいるのである。
 

芝居の、現実から逃避する必然性

 
現実が詮無いことだと思えてしまうような芝居作りの現場…
どうも言い過ぎのようだけれど、要するに芝居作りの現場というものが、本質的に現実から逃避する必然性を持っていると言いたかったわけで、その思いはずっと抱えている。

しかし、そんなことを稽古場で言おうものなら、きっと袋叩き。
 

表と裏が逆転している

 
以下は役者ブログに、少し口調を変えて、ちょいと解り易く書いてみたのだ。
もしハナから曼荼羅に加えるつもりだったら、こんな露骨は許さなかった。

表題は「川崎市民劇「大いなる家族」3回目の稽古」
(ああ、白状しちまった…)
大いなる家族はウチナーンチュの一家。
沖縄の人だからこそ辛い現実にも明るく過ごすことができる。深い悲しみを抱えながらもそれを表にだすことなく…
そんなふうに単純に考えればいいのに、そうはしたくないらしい。
帰り道、沖縄にルーツを持つ女優さんは僕を支持してくれました。
「私もやめようかなあ」
共演者にセクハラされた彼女は、ボソっとそう呟いた。原因はどっちだろうなんて突き詰めないのが沖縄流。極寒の地、ロシアのチェーホフみたいにはいかないのよ。
沖縄のことを分かってくれる人がいてよかったとあなたが言ってくれたように、僕もあなたが頼りなのです。僕が辞めないうちは辞めないでと勝手なお願い。
なんで、もっともっと、沖縄から吹いてくる風の音に耳を澄まそうとしないのだろう。

今日は、表と裏が、逆転している。
たぶん、これも曼荼羅には必要なこと。
 

書いていて嫌になる役者のブログ

 
「初老間近の俳優の呟き」というより役者ブログの実験。
要するに悪たれをついてみたくなったということ。

1月11日
昨日はもう一本の芝居の顔合わせ。
寒いんだよな、稽古場。小便が近くなる。
このブログで、小生、いったいどんなキャラクターになろうか、決めかねているのよね。
こっちじゃ痩せなきゃなんないし、あっちじゃあんまり痩せないでって言われるし、弱ったなあ…

書いていて嫌になる。
 

僕の「階層」の生い立ち

 
「核弾頭を原発の燃料にするのはいいことじゃないか」
あまりにも薄っぺらだから、僕は語る気力を失った。

馬鹿らしい。正月だし、熱っぽいし。

「なんで原発作るのかなんて、そんなこと知らないよ、電力会社に聞けよ」

お前に語りかけてはいない。熱に魘されて独り言しただけだ。

日本には階級はないらしい。だが階層があるのだと学者は言う。確かに、階層間の移動の可能を示されても、可能性が現実の姿に変貌する光景を、殆ど目撃した事のない僕は、学者の意見は正しい、と感じている。
「ここにいる誰ひとりとして、ご立派な可能性を実現させたものなどいないではないか」
親の階層の、少し上か、少し下か…

あの頃、学生という階層の中で、誰もが友達であり得ると信じていた。いや、そうではないかもしれないと、薄々気づいていたのだが、勇気を持ってそれを言うことは、たぶん10代の少年たちには無理だった。

僕の棲家はどこなのだろうと思った。俺もこの彼らの住む階層の住人なのだろうか。居心地の良さとそれを拒否したい気持ちが同居していた。それは「誠実さ」の所為だと思い込もうとしていた。だが本当は、虚栄心か嫉妬か、あるいは何者かに対する優越感か、およそ人間として最も恥ずかしい感情の変形した表出だったのかもしれない。

僕の家の所属する「階層」は、彼等よりもずっと下であった。

僕の父も母も、大学など出ていない。

父方の祖父母は、跡継ぎのいない田舎の名家の養子であった。遠い親類からふたりを選んで養子縁組させたのである。結婚して間もなく、あっという間にその家は没落した。没落の原因は、地域の人々を救うためだったという美談で、法事などで集まると、親戚の何人もの長老から聞かされた。「本当なの」と何度か祖父に聞いてみたこともあるが、「さてどうだったか」というような曖昧な答えしか返ってこなかった。いずれにしても血の繋がっていない父親のこと、興味の沸く話題ではなかったに違いない。
無口な祖父は、リアカーを引いて行商を始め、いつしかお客さんから正直屋と呼ばれたが、祖母は「こんな筈ではなかった」と、連れ合いが死んだ後も、愚痴ることを止めなかった。
そんな夫婦の家庭に、父を大学に行かせる余裕があったのかどうか。あの祖父母だから、父が行きたいと言えば何がなんでも叶えてやったに違いない。だが、あの父だから、働く事を選んだのか。あるいは大学へ行く興味がなかったのか、その能力がなかったのか。
真面目だけが取柄の、高校卒の銀行員であった。

母方の祖父は、外国航路の大きな船のコック長だったという。英語が堪能な船乗りという祖父には、伝説めいた話がたくさんあって、ずいぶんと聞かされたが、殆ど忘れてしまった。お前はこの祖父に似ていると、そう言われるのが気恥ずかしかった覚えがある。
母が高校の時、祖父が乗っていた船が沈んだ。祖父は見つからなかった。父をこよなく愛していた母の姉は、ショックで身体を壊し、そのまま病死した。母は田舎の進学校でトップの成績だったらしいが、大学進学を諦めざるを得なかった。しばらく大きな会社の秘書課に勤めていたが、見合いで結婚をしてその仕事も辞めた。
「真面目そうな人だったから」
経済が、母が父と結婚した唯一の理由であった。

父の妹の夫は、東大出のエリート官僚だった。だが、三人目の子どもが妻の(つまり僕の叔母の)お腹の中にいる時に、若くして死んでしまった。やがて生まれたその女児は、遠い岡山に養子に出された。上の子ふたりの生活は住み込みで働く母親に代わって、僕の父が受け持った。僕は長男だが、物心ついた時には、上に姉がふたりいるようなものであった。そういう事情のあるわが家に余分な金などがあったとは思えない。だが惨めな思い出はない。この程度の貧乏は、周りにいくらでもあった。そんな時代であった。

「誰にだってある、どこにだって転がっている身の上話。階層とは何の関係もない」
その通りだと僕も信じている。これを階層というなら、僕は僕よりはるかに貧しい人々を差別することになる。しかしだからといって、この言い知れない眼前の壁を見ないではいられないのである。僕は、僕とは違う「階層」の人々と会話することの出来ない不具者なのかもしれぬ。

「階層」という言葉を捨ててみよう。とはいうものの、一度拾ってしまった概念は、僕の肌にこびり付き、肉に食い込む。逃れる事は出来ない。ただ僕は、何処かの劇作家のように、縦軸にのみ断絶があると言い切ることはすまい。地平を掘り起こさずとも、この地表を見渡せば、橋の架かっていない亀裂はいたるところにあるではないか。「階層」があろうがなかろうが、現実は変わらないと言いたいだけだ。

全く別の話をして終わりにしよう。
だがきっと、全く同じ話。

君と僕と、住む土地が違えば、出会う「沖縄」も違う。

君が出会った沖縄。
僕が知った沖縄。

いつか僕は、君が出会った沖縄に訪れてみたいと思う。
すると君は、僕が知った沖縄を、知ってみたいと思うか、どうか。
そして。
「階層」とやらを、見つけてしまうのか、どうか。
 

役者ブログのペテンの始まり

 
あるブログがいいと聞いて、使ってみたい衝動に駆られた。だが書くことなどない。
役者なら芸談などを書き綴るブログがちょうどいい。ちょうどいくつかの舞台が決まっているから、しばらく役者を演じてみようかという気になった。

またもやペテン、実はこの文章、それから2年経って書いている。

以下、その記事なのだが、書いたそばから詰まらなくなっていた。今やもうこの役者ブログなどない。密かにこうしてこの裏ブログに移して眺めてみる。

12月24日
実験開始、なんともゆる~い感じ。
しがない役者です。まあ、役者の9割方はしがないので、珍しくはない。
はたして、いかなることになりますやら。

12月26日
昨日は3月が本番の芝居の初稽古。役者の中で最高齢の芝居なんて、ひとり芝居か、中心人物がふたりだけみたいな芝居以外では、40年間でたぶん初めて。それも30人以上の座組みだというのに。
検索に“ハルメリ”引っかからない“ハルメリ”ブログ書いていてもつまらない“ハルメリ”ので“ハルメリ”、本日はこのくらいで“ハル”おしまい“メリ”。
なんのことだか…

12月29日
本日昼過ぎから、若い役者たちと、2回目の稽古です。
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